日本企業でもかなりIFRS(国際会計基準)が浸透してきました。今のところ、金融庁はIFRSを強制適用をするとは言っておらず、任意適用を認めているのみです。

現在IFRSを適用している会社数(適用決定も含む)は193社で、時価総額ベースで言うと東証一部上場企業の3割にもなります。残りの7割は日本会計基準です。ちなみに、私が勤務している某メーカーはIFRSです。

日本で初めてIFRSを採用した企業が日本電波工業で2010年のこと。それから、HOYA、住友商事、日本板硝子、ディー・エヌ・エー、SBIホールディングス、双日、丸紅、中外製薬、楽天、ソフトバンク、武田薬品工業、アステラス製薬、伊藤忠商事などなど、日本を代表する企業が次々とIFRS導入を行っていきました。

さて、今日取り上げるのは日本たばこ産業(JT)です。

JTは2012年3月期決算からIFRSを適用しました。日本でもトップ10に入る早さでの導入でした。さすがグローバル企業。

実は、日本会計基準からIFRSに変えても、決算書の内容がそんなに変わってない企業もあります。「多額のコストを掛けてまで導入する意味あったんかな~」と思ってる企業さんも、結構あるような気がします。

ですが、JTは違います。
JTはインパクト大でした。
JTは日本会計基準からIFRSに変更したことで、もっとも影響を受けた企業の一つです。

もう6年以上も前の話になりますが、IFRS導入でJTの決算書がどう変わったのか振り返りたいと思います。

大きく二つありました。
①売上高激減
②のれん非償却

①売上高激減

これはFY07からFY17までのJTの売上高推移です。

FY11(2012年3月期)から売上高が急減しているのがわかります。主要部門をスピンオフしたとしか思えないような、凄まじい落ち方です。前知識なしでこんな決算書見せられたら青ざめますね。

この売上高減少はIFRSの影響です。会計基準を日本基準からIFRSに変更したことで、JTの売上高は3分の1にまで減りました。

FY10:6.1兆円

FY11:2.1兆円

なぜか?

それは、日本会計基準ではタバコ税を売上高に含めていたけど、IFRSでは含めないようにしたからです。

日本基準:タバコ税込みで売上計上
IFRS:タバコ税抜きで売上計上

タバコ税は間接税です。JTはただ税金を預かっているだけで、最終的には各国政府の税収となるものです。タバコ税はJTを右から左に通り抜けるだけです。

にもかかわらず、日本基準ではそれを売上高に含める処理が許容されていました。

実は、あまり知られてないことですが、日本会計基準って売上高の計上基準がガチっと明文化されていません。結構曖昧です。

間接税を売上高と区分して把握するのは実務的に面倒だろうという事情があって、消費税以外の間接税は売上高に含めて計上されるのが日本基準では一般的です。まあ、JTクラスの企業がタバコ税を別途把握できてないわけはないと思いますが・・。

そういう諸般の事情があって、FY10までの日本基準ではJTはタバコ税込みで売上高を計上していました。

が、IFRSは間接税を売上高に含めるなんて、そんなテキトーな処理は認めてくれません。タバコ税の税率なんて国によって違うわけですから、タバコ税込みで売上計上してしまったら、国によって売上高の水準が不当に変わって、投資家の判断を惑わせます。

IFRSの”I”はInternationalの”I”です。「国際」です。国際的な物差しにしたいという思いがありますから、国によって売上高が変わることをIFRSは認めません。だから、タバコ税や酒税などの間接税は売上高に含めない処理を要請しています。これは強制です。

というわけで、JTの売上高はFY11から急減しているわけです。減少分がそのままタバコ税だと思って差し支えないでしょう。いかにタバコが税金の塊かがよくわかりますね。これだけ税金を払ってでもタバコを吸いたい人がいるということです。

ちなみに、売上高は変動しますが利益は変わりません。
以下は、粗利益と粗利率の推移です。

青の棒で示した粗利益はIFRSを導入したFY11になっても、特に変動ありません。

注目して欲しいのはオレンジの線で示した粗利率です。FY11から急上昇して50%を超えています。それまでは、20%ほどでした。

それまでの20%がおかしかったのです。タバコほど儲かる商品の粗利率が20%しかない方が不思議です。タバコ税を控除したIFRS適用後の粗利率の方が、より正確に実態を表しています。

②のれん非償却

これは2017年12月末のJTのバランスシートのイメージです。

のれんが総資産の36%を占めます。

JTと言えばM&A巧者として有名です。スイスにM&A専門部隊まで持っているそうです。もはや、ファイナンシャル・アドバイザリー・ファーム並みです。

2015年にレイノルズ・アメリカンの米国外事業を約6000億円で買収しました。最近では、今年2018年3月にロシアのタバコ会社を1900億円で買収すると発表しました。また、ついこないだ8月にはバングラデシュ2位のタバコ会社を1600億円強で買収すると発表しました。

こうやってM&Aを繰り返すと、バランスシートにのれんが増えていきます。

のれんの会計処理は日本基準とIFRSで全く違います。
日本基準:20年以内に償却(費用化)
IFRS:償却しない

IFRSではのれんは償却しないんです。つまり、M&Aでウン千億円のお金を払っておきながら、そのキャッシュアウトがPLの費用にならないのです。ず~っとBSに載り続けます。JTはレイノルズ買収で取得したのれんを100年後もバランスシートに載せていることでしょう。

(ただし減損はあります。のれんの価値がないと判断されれば減損されることがあり、そしたらのれんはバランスシートから消えてPLで費用になります。)

のれんを償却しないということは、その分費用が減って利益が上がることを意味します。以下は、2012年3月期のJTの決算説明資料の一部です。


「のれん償却停止」によって営業利益が828億円も改善していることがわかります。

のれんの論点は結構大事なので、是非知識として持っておけるといいのかな~と思います。

JTの場合「①売上高激減」のインパクトも大きいですが、一般的にIFRSを導入してもっとも変化があるのが「②のれん非償却」の方です。日本基準で年間何十億円ものれん償却費を計上していたのに、IFRSになってその費用がなくなって、急に純利益アップ、ROE改善なんてざらにあります。

そんな純利益アップで「配当上げろー!」とか株主さんに言われると困るんですけどね(笑)。あくまでも、会計処理の変更が生んだ利益であって、会社の現金がフワッと増えるわけじゃないですから。

あなたにとって、本業と関係ない会計の細かい事なんて覚える気はしないですよね。IFRSで何が変わるかなんて知ったこっちゃないと思います。

そこで、IFRSに関して一つだけ覚える価値があるとしたら、それは「IFRS=のれん非償却」ということです。これがIFRSを導入した日本企業に与えるインパクトとしてもっとも大きい論点です。

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