この前WSJを読んでいて驚いたのですが、米国金融機関の中にはストックオプション費用をNon-GAAP利益(調整後利益)に含めていない企業もあるそうです。これには驚きました。

ストックオプションは紛れもなく費用です。

投資家の皆様は、米国金融機関のNon-GAAP利益(調整後利益)を見る時は留意が必要です。

 

Non-GAAP利益とは

米国企業には2種類の利益が存在します。
GAAP利益とNon-GAAP利益です。

GAAP(ギャープ)とはGenerally Accepted Accounting Principlesの略で、日本語では「一般に公正妥当と認められた会計原則」という意味です。堅っ苦しい表現ですみません。

GAAP利益とは、会計基準に則った公式な利益という意味です。
Non-GAAP利益とは、会計基準を無視した非公式な利益という意味です。

適正な決算書を投資家に報告することは資本主義経済が成立するための大原則であり土台です。資金が余っている主体が、自己判断・自己責任で株式市場に自由にお金を投じることで株式市場の流動性が保たれていることは、資本主義経済の円滑な運営の基礎です。

投資家が安心して投資するためには、企業が報告する決算書が信頼できるものでなくてはなりません。企業が自由に気分で決算書を作っていたら、投資家はその決算書を信用することができません。そうなれば、株式市場にマネーが流れず経済が停滞してしまいます。

企業の決算って実はおかしな話です。自分で自分の通知表を作るわけですから。普通は担任の先生に評価してもらいますよね。企業決算とは生徒が自分で自分を評価して通知表を作るようなものです。過剰に自分を高く評価して親(株主)に褒められたいと思う生徒がいても何ら不思議ではありません。

数学のテストが赤点だったのに、屁理屈をこねて成績を「5」にする生徒がいるかもしれません。そんなズルをする生徒が出ないようにきちっと会計ルールを設ける必要があります。すべての生徒を平等に同じ基準で評価する必要があります。

企業が作成する決算書に一定のルールを設けるために会計基準が存在します。その会計基準のことをGAAP(ギャープ)と呼びます。GAAPがあって、すべての上場企業がそのGAAPに基づいて決算書を作成し、かつKPMGのような監査法人がその決算書にお墨付きを与えているから、投資家は安心して投資ができます。

モーニングスターで米国企業の財務数値を見る時に、その数値が誤っているとは想定していないはずです。当然正しい数値が載っていると思っているはずです。そう、きちんと正しい数値が報告されています。でも、その裏には見えない努力があります。GAAP制定、それに沿った誠実な経理業務、適正な会計監査の3つが揃っているからこそ、安心して投資できるインフラが出来上がっています。この辺のコンプライアンスと透明性が徹底されていることが米国株式市場の魅力の一つです。

 

企業は会計基準を無視したNon-GAAP利益を開示しているケースが大半です。WSJなどで調整後利益という表現があれば、それはNon-GAAP利益を意味しています。

企業はどうして、わざわざNon-GAAP利益なんてものを算出しているのか?

それはGAAP利益だと企業の本業での収益性が必ずしも適切に表現されないからです。GAAP利益には、あらゆる収益・費用が織り込まれています。そりゃそうです、恣意的に一部の費用を削除すればそれは粉飾です。

GAAP利益には当期に発生したすべての収益・費用が含まれます。でも、それでは企業の持続的な収益性を測れない時があります。たとえば、ハリケーンによる災害損失は企業にとって損失であることは間違いありません。ハリケーンで工場に損害が出れば、その復旧費用はGAAP利益に反映されます。

でも、ハリケーンによる損失は企業の経常的な収益力に影響を与えるでしょうか?

そんなことはないはずです。ハリケーンはあくまでもイレギュラーな事象です。毎年、毎年必ずハリケーンの被害を受けるわけではありません。

ハリケーンの損失で一時的に利益が減少してしまうことはありますが、それは企業の本業の収益力には影響していない可能性が高いです。投資家、特に長期投資家にとって重要なことは、投資先企業の本業が順調で今後50年も稼ぎ続けることができるか否かです。

企業の本業の収益性にハリケーンの被害は影響しません。

そこで、企業はNon-GAAPの調整後利益を算定する時は災害損失は除外するケースが多いです。他には、火災損失や減損損失、M&A関連費用、政府からの助成金(これはケースバイケースかな・・)なども除外する傾向にあります。

こうやって、本来のGAAPでは費用や収益に計上することを要請されている項目の一部を恣意的に除外することで、Non-GAAP利益(調整後利益)を算出して投資家に開示しています。

これ自体は投資家フレンドリーなことです。投資家はNon-GAAPの調整後利益をチェックすることで、自分が投資しているあるいは投資しようと検討している企業の本業が順調か否かを判断できます。

 

金融機関のストックオプション費用は、Non-GAAP利益から除外されているらしい

なんでやねん!

さて、冒頭の記載に話を戻します。

WSJによると、金融機関はNon-GAAP利益にストックオプション費用を計上していないそうです。

これは、、ちょっと疑念を抱きますね。Non-GAAP利益から外すのは災害など臨時かつ多額な事象のみです。ストックオプション付与がそれに該当するとは思えません。ストックオプションは普通に人件費として費用認識すべきです。

ストックオプションとは、一定の行使価格で自社株を購入できる権利です。株価上昇にインセンティブを持たせるために、主に経営幹部に付与されることが多いです。従業員に付与されることもあります。

ストックオプションはあくまで経営幹部や従業員に対する報酬です。給料やボーナスと同じ報酬です。それは企業にとって費用です。現代はGAAPではストックオプションは費用計上する必要があります。GAAPの中でストックオプションを費用計上しなかったら粉飾決算です。最悪逮捕です。会計基準を守らないことは法律違反で犯罪です。

ですが、実は昔はストックオプションはGAAPでも費用計上は不要でした。給料や賞与の支払は企業にとって費用だけど、ストックオプションの付与は企業の費用ではないと解釈されていた時代がありました。

その根拠は、ストックオプションの付与は企業からの現金流出が発生しないというものでした。それはその通りです。給料を社員に支払う時は、企業の口座から給与金額が引き落とされて社員の口座に振り込まれます。でも、ストックオプションが付与されるだけでは企業から資金は流出しません。

でも、だからってストックオプションは費用ではないと主張するのは暴論だと思います。

ストックオプションを付与された経営幹部や従業員は普通は喜びます。嬉しいです。それは、ストックオプションは経済的な利益であるとわかっているから嬉しいのです。受け取る者にとって経済的利益なのに、支払う者にとって経済的費用にならないわけがありません。

WSJがウォーレン・バフェット氏のこんな言葉を以前紹介していました。

株式報酬を除外することは「経営陣が現実にある特定の費用項目を無視してほしいと株主に伝えること」における「最も目にあまる例」であり、「報酬が費用でないとしたら、それは一体何なのか。現実の経常的な費用が利益の計算に入らないとしたら、どこに入れると言うのか」

ウォールストリートジャーナルより

 

名著『バフェットからの手紙』にはこんな文章が載っています。

もしストックオプションが役員報酬でないとしたら、それは一体なんなのでしょうか。もし役員報酬が費用でないとしたら一体何なのでしょうか。もし費用が企業の利益の算出上、無視して良いとするならば、どこでそれを計上したらよいのでしょうか

『バフェットからの手紙(第4版)』より抜粋

僭越ながら、私はこのバフェット氏の主張に完全に同意します。

ストックオプションとは株式報酬とも呼ばれます。経営陣にとっての報酬が企業にとって費用でないとしたら、それは一体全体何だと言うのでしょうか????

ストックオプションは企業にとって費用に決まっています。会計士試験の勉強をしていた時、ストックオプションを費用処理しない考えが存在することに驚きました。「んなバカな理屈あるかよ!!」って思いながら、大学生の頃勉強していたのを今でもはっきりと覚えています。

でもよかった、今は日本も欧州も米国もストックオプションはGAAP上は費用処理することになっています。

ちなみに、企業がストックオプションを付与するとこんな会計仕訳が起きます。

株式報酬費用 / 新株予約権

費用科目

この仕訳の意味を理解する必要はありません。細かい論点です。借方(左側)の株式報酬費用という科目で、きちんとストックオプションが費用処理されている点だけ頭の片隅に置いて頂けると嬉しいです。

GAAP利益算定上は、ストックオプションは費用です。なので、あなたが投資している企業(特に金融機関)で簿外のストックオプション費用があると心配する必要はありません。安心して下さい。すべて費用計上されています。

 

ストックオプションが費用である根拠について、もう少し言及します。

既存株主にとって新株発行(増資)はマイナスだと言われます。それは新株が発行されることで、発行済み株式数が増加して一株当たり利益(EPS)が希薄化され易いからです。

でも、増資をしたからって必ずEPSの希薄化が起こるわけではありません。増資で調達した資金を、資本コストを超える収益性で投資に回せればむしろEPSは向上します。増資=悪というわけではありません。まあ、一般的に言えば、増資が不要でむしろ自社株買いをするような成熟企業の方が長期投資では望ましいことが多いですがね。

で、ストックオプションとは質の悪い増資みたいなもんです。ストックオプションが行使されると市場で値付けされた株価よりも安い価格で新株が発行されるわけです。株価が100円でもストックオプションの行使価格が60円なら、60円で新株が発行されます。

これは既存株主にとっては絶対に損ですよ。市場価格の4割引きのキャッシュしか流入しないのに、発行済み株式数が増加してしまうのですから。

ストックオプションが行使されると、間違いなく一株当たりの株主利益(EPS)は希薄化されます。ストックオプションをたとえ損益計算書の費用に計上しないとしても、ストックオプション行使は確実に株価下落要因となります。

株価が下落するってことは、株主にとって費用だということです。

 

確実に株価を下落させるストックオプションが費用ではないわけはないのです。
ストックオプションは費用です。

米金融機関がストックオプション費用をNon-GAAP利益(調整後利益)から除外しているとすれば、それは金融機関のNon-GAAP利益がGAAP利益よりも過大になる要因となります。投資家は金融機関の調整後利益を見る時は、注意した方が良さそうです。