コロナウイルスの感染拡大に伴う一部デマ報道により、トイレットペーパーやティッシュなどの紙製品の在庫が店頭から消えています。どうやら日本だけでなく海外でも買い占め現象が起きているようです。私はトイレットペーパー12ロールで半年くらいは大丈夫なので、今のところ心配はしていませんが。

日用品だけでなく医薬品も在庫不足のリスクがあるとWSJが報じています。何でも医薬品の基礎原材料は中国から調達していることが多く、そのサプライチェーンが断絶されているためだそうです。大手製薬メーカーは欧米に集中していますが、ジェネリック医薬品を中心にその有効成分の供給は中国メーカーが担っているんですね。これは知りませんでした。勉強になります。

ただ、そんなに焦らなくていいとWSJは言ってます。

朗報は、世界的な大手製薬会社は相当な在庫を確保している場合が多いことだ。

ウォールストリートジャーナルより

万が一に備えて製薬会社はしっかり在庫を持っているとのこと。

どれくらいの在庫を持っているかまでは言及がありませんでした。こういう時はなるべく定量的に数字で示して欲しいなあと、会計屋の私はいつも思っちゃいます。

そこで自分で調べてみました。

欧米製薬会社の在庫回転日数

在庫回転日数とは棚卸資産残高を1日当たり売上原価で割ることで算出できます。何日分の在庫を持っているかを示した指標です。

以下は、主要な欧米製薬会社の直近の在庫回転日数です。

ロシュ:126日
ノバルティス:163日
メルク:147日
ファイザー:282日
ブリストルマイヤーズスクイブ:124日
アッヴィ:84日
アムジェン:273日
イーライリリー:282日
サノフィ:235日
グラクソスミスクライン:175日
ノボノルディスク:315日

ジョンソンエンドジョンソン:117日

もっとも在庫が少ないアッヴィでも84日つまり3ヵ月分くらいの在庫を抱えています。最も多いのはノボノルディスクで315日で10ヵ月以上も保有しています。全社の平均は200日くらいでしょうか。仮に供給断絶が続いても、半年くらいは事業を維持できる計算です。在庫回転日数が200日とは他業種に比べてかなり長いです。

在庫回転日数が長いと総資産回転率が低下してROE低下の一因になります。以下、参考までに数式を載せます。結構有名なROEの3分解です。

企業はなるべく在庫を持ちたがらないです。その方が株主利益(ROE)を高めることができるからです。たとえば、アップルの在庫回転日数はたったの10日です。製造が完全停止になれば、1週間ちょっとで世界中のアップルストアからiPhoneやMacが消えちゃいます。

iPhoneはそれでもいいんです。在庫がなければ「ごめんなさい」の一言で済みます。顧客を待たせてもiPhoneは売れるから問題ありません。

でも医薬品は「今在庫切らしてます、ごめんなさい」とは言えません。人の命にかかわることですから。もちろんそれでも供給には限りがあるので、どうしても救えない命が出てくることはあります。製薬だって民間ビジネスだから仕方ありません。投資採算が取れない疾患は無視されますし、エボラ出血熱のように。

でも、製薬各社は利益を無視して莫大な在庫を抱えているのも事実。これは医療をストップさせることは絶対に避けなくてはならないという企業というか業界の信念とも言えるでしょう。過大な在庫は平時では無意味ですが、今回のような有事の際にはとても心強いです。もし医薬品の在庫がiPhoneみたいに10日分しかなかったら、医療現場は今以上に大混乱だったかもしれません。

米医療機器メーカーの在庫回転日数

ついでに米医療機器メーカーの在庫回転日数も調べました。

アボットラボラトリーズ:112日
メドトロニック:151日
ベクトン・ディッキンソン:106日
ストライカー:219日
ボストン・サイエンティフィック:161日

こちらも製薬ほどではないですが、在庫は厚めに持っていますね。