好調な雇用統計が株価に悪影響を与えるロジック
以前、1996年7月5日(金)の好調な雇用統計が株価を急落させた事例をご紹介しました。
その時の記事の一部を再掲します。
現在、1996年7月5日金曜日の午前8時28分である。
(中略)
8時30分、画面にニュースが表示された。
「雇用者数は23万9000人増加、失業率は過去6年で最低の5.3%、時間当たり賃金は過去30年で最大の9セント上昇」
クリントン大統領は「米国経済は過去30年間で最も堅調である。労働者の賃金はついに上昇に転じた」として、このニュースを歓迎した。
しかし、金融市場は衝撃を受けた。トレーダーが金利の上昇を予測したために、長期債の価格は国内外の市場で暴落した。長期債及び短期債の利回りはおおむね0.25%上昇した。株式市場の取引開始までにあと1時間あるものの、ベンチマーク指数に対する需要を表すS&P500指数先物は676から656へ約2%下落した。
ジェレミー・シーゲル著『株式投資 第4版』より
このように景気拡大を示唆する雇用統計が株式マーケットに悪影響を与えるケースがあります。
なぜそんなことが起こるのでしょうか?
それは好調な雇用統計は企業が獲得する将来キャッシュフロー増加を予感させるけれど(株価上昇要因)、それ以上に将来の配当を割り引く利率が上がってしまう(株価下落要因)からです。
これは株価の公式です。株式の価値とは将来の配当を現在価値に割り引いた金額です。普段こんな数式をイメージすることは少ないかもしれませんが、株価変動要因をギュッと抽象化すると「予想将来配当」と「割引率」の2つに集約されます。
好調な雇用統計は分子(将来配当)を押し上げます。失業率が下落して労働者の給料が上がれば、みんな積極的にお金を使ってくれて結果として企業の売上高が伸びます。もちろん、あまりに給料が上がると企業の人件費負担が増えるデメリットも無視できなくなりますがね。
しかし、雇用市場のスラッグが減り平均賃金が上昇すると分母の割引率も上がっちゃいます。なぜなら、人件費の上昇は将来のインフレ率上昇を予感させますが、(期待)インフレ率が上がると長期金利も上がるからです。長期金利が上がると、将来の配当を割り引く利率も上昇します。
割引率という概念は分かりにくくて曖昧ですが、株式に対する名目期待リターンだと思ってください。長期金利が上昇して、無リスク資産のリターン(要するに債券利回り)が上がれば株式に対する期待リターンも上がります。債券利回り2%なら株式リターンは7%でも十分ですが、債券利回りが5%なら株式リターンが7%じゃ不満ですよね?10%くらいは欲しいですよね。
だから、金利が上昇して債券リターンが上がると、株式に要求されるリターンも上がります。
ちょっと数式で表現すると、
株式期待リターン=無リスク資産利回り(国債利回り)+リスクプレミアム
となり、この中の「無リスク資産利回り」が上がると株式期待リターンも上昇します。
つまり、好調な雇用統計には株価プラス影響と株価マイナス影響の2つが混在しています。
株価プラス要因=経済好調で将来の利益(配当)が増えるぞ!!
株価マイナス要因=インフレ率が上がって債券利回りが上がると、株式の魅力が薄くなっちゃうよ・・。
この2つの要因が株価を引っ張り合います。通常は株価プラス要因の方が大きく、良好な雇用統計発表後は株価が上がるケースが多いです。しかし、マーケットのインフレ懸念が大きい時、良好な雇用統計がもたらす負の要因が勝って株価を下落させることがあります。それが起こったのが1996年7月5日でした。
2018年1月の雇用統計の結果は良かった!→株価暴落・・
さて、先日発表された2018年1月の雇用統計発表後の株式相場も、1996年7月5日と同じストーリーで説明できそうです。1月の雇用統計発表を受けて2日の米株式相場は大幅下落となりました。
米労働省が発表した2018年1月の雇用統計の要旨は以下の通りです。
・非農業部門雇用者数は前月比20万人増加(多い!)
・失業率4.1%(相変わらず低い!)
・賃金前年同期比+2.9%(高い!)
就業者数は7年4カ月連続増加しており、失業率も相変わらず低いです。今年末には3%台にまで下がるのではと言われています。
そして、一番の注目は賃金です。民間部門の平均時給は前年同期比で2.9%も上昇しました。ちなみに、この中には臨時ボーナスは含まれていません。法人減税を従業員に還元すべくAT&Tやウォルマートは特別賞与を支給しましたが、このような一時的な要因は雇用統計の賃金算出からは除外されています。それでも賃金は2.9%も増えました。これは2009年6月以来の大幅な伸び率です。
この雇用統計を受けてNYダウは▲665ドル(▲2.5%)と大幅安。S&P500指数も▲2.2%と大きく下げました。NYダウ構成30銘柄すべてが下落しました。
下落率が大きかった銘柄を挙げると、
・アップル(▲4.3%)
・マイクロソフト(▲2.6%)
・エクソンモービル(▲5.1%)
・シェブロン(▲5.6%)
・アルファベット(▲5.3%)
・バークシャーハサウェイ(▲3.7%)
・インテル(▲3.2%)
・ビザ(▲3.8%)
などがありました。
まあエクソンやアルファベットは決算結果を嫌気された面も大きいですが、全体的に株価が下落した一番の要因は雇用統計です。雇用統計の賃金上昇が将来のインフレ率上昇させるのでは投資家は警戒しています。
米10年債利回りは2.84%まで上昇しています。かなり急ピッチで上がってきました。インフレ率上昇を示す具体的指標は見られず債券利回りはそれほど上がらないのでは、と最近記事に書きましたがやはり発言訂正します、ごめんなさいm(__)m。1月の雇用統計の大幅な賃金上昇は将来のインフレを誘発すると思います。FRBが目標とする2%の物価上昇は案外早期に達成するかもしれません。
(期待)インフレ率上昇は債券利回り上昇に繋がります。実際に10年債利回りは上がっていますね。
そして、先に述べましたが債券利回りが上がると、将来の配当を割り引く利率(割引率)が上がるので株価は下がります。
2月2日の米株価に調整が入ったのもこのロジックです。ファイナンス的に言えば、無リスク資産の利回りが上がって割引率が上昇したため、将来配当の割引現在価値が小さくなり株価が下落したということです。もっと感覚的に言えば、債券価格が下がったので株式が相対的に割高になって売られたということです。
投資家は常に”実質”リターンを求めています。物価調整後でリターンが得られないと投資する意味がありません。だからインフレ率は大事な指標です。年率10%のリターンは一見高いですが、物価が年率9%で上昇していれば実質リターンはたったの1%です。これじゃ大した利益になりませんよね。
あなたの投資先が優良企業という自信があるならホールドが正解
株価はまだまだ下がるかもしれません。仮に10年債利回りが3%を超えるような事態になれば、もう少し株価は調整されると思います。
ただ今回のような期待インフレ率上昇に伴う株価下落局面において、優良株ホルダーは株を売らないことが正解だと思います。
結局、株式の価値とは配当なわけです。将来の配当が維持されるのであれば、株価下落はむしろWelcomeです。いや「配当が維持」ではちょっと弱いですかね。もっと言えば、インフレ率上昇に負けることなく今後も増配し続けることができるなら、インフレ懸念による株価調整は何ら気にする必要はないということです。
インフレ率が上がるなら株価が下落しても決して「お買い得」とは言えません。妥当な株価下落です。だって、将来のインフレ率が上がるなら株価が下落して株式益回りが上がっても(要するに株式リターンが上がっても)、実質リターンには中立ですから。株価下落は株式の名目リターンを引き上げるわけですが、だからと言って実質リターンまで改善するとは限りません。物価上昇率次第です。
今回の株価調整が「お買い得」となるケースは、期待インフレ率が上がって債券利回りが上昇しているけど、実際にはインフレ率が上昇しない場合です。こういう展開になると、今のマーケットの反応は過剰反応という結果になり、今の株価下落時で拾えた投資家は超過利益をゲットできます。ただ、将来の実際のインフレ率がどうなるかなんて予測できるわけもなく、私たちができることと言えば慌てて株を売ることなくいつも通りコツコツ投資を続けるくらいです。
優良株に投資しているなら売らない方がいいと思いますが、「株価調整で買い時だー!」とあまり調子に乗って買いまくることも推奨しません。実際にインフレ率が上がるなら、別に割安とも言えないからです。「いつもよりちょっと多めに買っておこうかな~」くらいが丁度いいかな。マーケットは上にも下にも過剰反応する傾向がありますから、少し積極的に投資するのはいいかもしれません。が、慎重さは忘れずにいきましょう。マーケットは大体合理的ですから。
Hiroさん、こんばんは。
久しぶりに調整らしい調整が来ましたね。これだけダウが下げたのはブレグジット以来でしょうか?
昨日だけで利益が約20万円程度吹き飛んだんで嫌な感じです・・・
とりあえずは静観して、さらに下げたら買い増しがベターですかね〜
ケーレスさん、こんばんは。
2.5%の下げは確かに大きいですが、それ以上に絶対額として665ドル安という数字がインパクトあります。
ダウがここまで上昇してきたので2.5%でもここまで大きく下がります。
1日の下げ幅としては2008年12月以来だそうです。
これも複利の効果?と言えるかもしれません。
マイナス面で複利の力を感じるのは嫌ですがね。
私も2日だけで30万円以上吹っ飛びました。
嫌は嫌ですが、配当を重視している意味は昔より冷静でいれます。
私も2月はちょっと多めに買い増したいです。
あまりお金ありませんが・・。
こんばんは
利上げ回数も4回になる?ということで市場も動揺したんでしょうね。この後もじりじり下げる相場が続くと思ってます。金利上昇から債券でのヘッジも効かなかったようですね。
個人的には荒れた相場が好きなんでウェルカムです、荒れた相場で仕込むことで回復時のブースター効果が発揮されますからね。どこまで下がるのかは知りませんが若くて人的資本充分の我々はあまり気に留めなくてもいいでしょう。Hiroさんが常々喚起してくれてるおかげで心づもりが出来ていて精神的にすごく楽です。
こんばんは。
おっしゃる通り、FRBの利上げピッチは上がる可能性はありますね。
物価の安定はFRBの最重要使命ですから、インフレ率が急伸すればそれを抑え込んでくるのは確実です。
パウエルさんはハト派なのが安心材料ではあります。
荒れた相場は短期的には苦しいですが、長期的には歓迎すべきことです。
こうやって投資家に恐怖感を煽って投げ売りする人が増えれば増えるほど、マーケットに居続ける人のリターンは高まります。
株価調整時も冷静に見ていられるのは、投資があくまで副業だからという面はありますよね。
投資額1000万円と言えばかなり高額に見えますが、1億円以上ある人的資本を考えれば1000万円すべてを株式にしても何ら問題ありませんね。
サラリーマンと長期投資は相性が良いです。
Hiro様
タイムリーな記事ありがとうございます。こういう記事は下落時には、何よりの心の拠り所です。
ところでHDVのチャートを眺めていたら、2015年8月に60ドル台だった株価が、一瞬36ドル台まで大暴落しているように見えますが、これって本当なんでしょうか?何かご存知でしたら、お教え下さい。私が見ているのは、stockchartsの週足です。
てつ様
久々の大きな調整でしたので、ついつい勢いで記事を書いてしまいました。
乱文でしたが、お読み頂きありがとうございます。
こういう株価調整はリーマンショックのような下落とは全く類がが異なります。
急激な信用収縮と若干の長期金利上昇とでは、相場に与える影響は全く異なります。
日本のメディアは「リーマンショック以来の下げ幅だ!」と不安を煽っていますが、心配は不要です。
そもそもダウがここまで上昇しているから、下落の絶対額が大きくなっているだけですし。
焦らず投資を続けましょう!
HDVの件、確かにstockchartsで見ると異常値がありますね。
Dividend.comのチャートで見ると、そのような下落はありませんでした。
実際に下落したわけじゃなく、データの不備なだけだと思います。
HDV以外でも稀にこのような異常な下落を目にすることがあります。
異常値だろうと、あまり気にしておりません。
HDVは優良企業に分散投資されたETFなので、一日で40%も下落することは考えられません。
普段HDVの値動き見ていますが、やはりボラティリティは低くて安心して保有できます。
VYMなども同じですね。
よろしくお願いします。
こんにちは。
さすがに調整に入りそうですね。
上昇の角度がとんでもなかったですから。
何度も見た光景なんですけど今後は株価の調整を正当化するようなニュースが
メディアからバンバン出てくるんじゃないかと思います。(本当に調整に入るならですが)
いいニュースはトコトン無視して、株価を押し下げるニュースを全面に出してきます。
今までの逆パターンですね。
こんにちは。
久々の調整でしたね。
金利が上昇した割にハイテク株の値下がりが緩慢だなと感じております。
やはり、ハイテク銘柄への投資家期待はまだまだ高いのだと思います。
実際に社会に大きく貢献している企業ばかりですから、それも納得です。
近年のハイテク銘柄の株価上昇は実体を伴っているので、かつてのハイテク株バブル崩壊みたいなことにはならないと思います。
とは言え、金利上昇にネガティブなのは間違いないことですから、インデックス投資家含めハイテクセクターの割合が多い人は少し身構える必要はありそうです。
日本のメディアは酷いですねw。
「リーマンショック以来の暴落だ」という論調が多いですが、当時とはNYダウの水準も違いますし額で比較しても仕方ないと思いますがね~。
私は、2日で7千ドルくらい吹っ飛んでます。これだけ見るとキツイですが、12月時点の自身のポートフォリオの時価総額と比べると、まだ全然プラスなんですよね。そう考えると、いままでの相場が急激に上がり過ぎという事だと自身を言い聞かせてます。
長期で考えているから特に何もしないですが、もう少し下げが続くのであればETFを買い増しを狙います。
2日で7千ドルですか~。
私の1年分の家賃に匹敵する金額です。。
リターンがプラスかマイナスかという視点もあるのですが、株価がどれだけ下がっても配当が維持されるなら全く問題ないな~と思います。
配当を見るにようになってから、株価下落があまり気にならなくなりました。
まだまだ暴落と言えるレベルではないと思いますが、このような調整局面で焦って売らないことがとにかく大事ですね。
うまいこと底値を拾って相場に戻って来れる可能性は低いでしょうから。
私も2月は少し積極的に投資するかもしれません。
でも仮想通貨も買いたいです。そうすると米国株に回すお金がなくなるので迷います。。
Hiro様
早速コメントありがとうございます。
HDVの件異常値ですよね〜。
VYMも同じように表示されました。
Stockchartsビビらせないでほしいですねー。
ちなみに、1996年7月の下落の時は、ダウ平均は、2週間くらいで底入れしていますね。その後は4年間かけて、株価は2倍に上昇、、、。
器の小さい私は、やはりキャピタルゲインにもとらわれてしまいます(笑)。
てつ様
そうですか、VYMも同じ事象が起きていましたか。
ならば異常値で間違いないなしですね。
よかったです。
インフレ率が上昇して実際に物価が上がってから、後追いで株価は上がります。
歴史的に見れば常にそうでした。
特に第二次世界大戦後やベトナム戦争後は顕著です。
戦争はインフレ率を高めますから。
現代は昔ほどの急なインフレはないでしょうが、物価上昇後に株価が上がるという傾向は変わらないと見ています。
キャピタルゲインにとらわれるのは普通ですから大丈夫です!(笑)
私がいつも配当配当言ってて申し訳ないです。
株式価値の根拠は配当だということをどうしても言いたく・・。
実際に私たちの投資利益の大半はキャピタルゲインになる可能性はあります。
なのでキャピタルゲインは大事です。
ただその根拠は配当だというだけですね。
こんにちはhiroさん
やっぱディフェンシブ株はつよいですね。
KO、PFE、UL、MOはほとんどダメージ受けていないので驚きです。
やはり強いですね。
RDS-Bはやはりやられていますがそもそも利回り高いですので心配はしていないです。むしろもっと安くなれば買い時ですね。なかなかチャンスなかったので笑笑
カイトさん、お久しぶりです。
ファイザーだけは結構下落しましたが、これは例のバフェット・ベゾス・ダイモン連合のせいですね。
米国のヘルスケア流通網はかなり複雑と言われます(PBMの存在とか)。
米国経済に大きな影響力を持つ3名がタッグを組むということで市場はちょっと過剰に反応している気もします。
PBMや保険会社の株価が下がるのは何となくわかるのですが、製薬会社まだ影響受けるもんですかね~。
KOやMOは比較的強いですよね。
高配当で金利上昇に弱そうに見えますが、ブランド力がありますしインフレを早期に販売価格に転嫁できると判断されているのかもしれません。
ま、日々の株価変動理由なんて分かりませんけどね。
Hiroさん
いつも更新を楽しみにしております。
2015年8月のHDVはflash crashという現象が起きていたようです。
きっかけは中国株の暴落です。
よく理解できていませんが、
システムの自動高速取引による売り注文の連鎖の影響だとか。
HDVを構成する個別の優良株では発生しておらず、ETFの理論価格から短期間だけ乖離してしまったようです。
こんばんは。
情報ありがとうございます。
それは知りませんでした。
マイケル・ルイスの「フラッシュボーイズ」を昔読んだことありますが、私たち個人投資家の預かり知らぬところで凄まじい売買プログラムが走っているようですね。
流動性が高まる点は良いことかもしれませんが、このような異常な値動きは心臓に悪いのでできれば無くして欲しいです。
HDVだけでなくVYMでも同じような異常チャートが見られたようです。
複数のETFで同じ現象が起きていたのかもしれません。
成行で売り注文してた人は巻き込まれてしまったようです。
ところで私はHiroさんとバフェット太郎さんに影響を受けまくりインデックス投資からHDVメインに宗旨替えしました。インデックス投資より自分に向いてるように思います。感謝しております。
これからも更新楽しみにしております。
なるほど、それは成行注文のリスクですね。
流動性が高いETFや銘柄しか選んでいないので、成行でもいいかな~と思う時もあるのですがダメですね。
これからも今まで通り指値を入れていきます。
ありがとうございます。勉強になりました。
私のブログきっかけでHDVに投資されているということで、大変恐縮です。
今日も金利が上がっていますが、こういう時は高配当株はアンダーパフォームしがちです。
今は耐える時ですね。
お互い高配当株投資がんばっていきましょう!