「内部留保を貯め込むな!」「上場企業の経営者は余剰資本をもっと株主や従業員に還元すべきだ!」とよく言われます。

実際、日本の上場企業の内部留保金額は400兆円を超えて過去最高を記録しています。

内部留保とは会計上の利益剰余金に過ぎないので、内部留保相当の現預金が必ずしも企業にあるわけではありません。内部留保があるからと言ってすぐさま株主に還元できるわけではありません。ですが、資源を無駄に抱え込んで内部留保が膨らみ過ぎることは健全とは言えません。

お金は適度なスピードで社会を循環し続ける必要があります。人間の血液のように。お金が滞留すると経済に歪が生まれます。デフレ経済になりがちです。

何が正解かはわかりませんが、私個人の意見としてはメディアが言うように日本企業は内部留保を抱え込みすぎで、もう少しお金を積極的に使うべきだと思います。別に「全部株主に返せ!」って言いたいわけじゃなくて、事業投資とか従業員への還元とかもはや何でもいいからお金を使うべきと言いたいです。上場企業ですから当然損するようなお金の使い方をしてはいけないので、選択肢がない時は株主に返すべきです。

なぜ日本企業は内部留保を貯め込んでしまうのでしょうか?

よく経営者が保身に走りがちだからと言われます。確かに、日本の経営者はサラリーマンキャリアの「上がり」という位置づけが長く続いてきたし、コーポレートガバナンスが叫ばれる昨今でもその風潮は残っていると思います。

でもそういう経営者の人間としての性格だけを理由に、日本企業の過剰な内部留保を説明するのは無理があると思います。

日本企業が内部留保を貯め込んでしまう理由として、法制度という隠れた理由もあると思います。キーワードは債務超過です。債務超過企業の扱いが日米で異なります。

 

日本では債務超過企業は上場廃止。

「日本の過剰な内部留保を誘発しているかもな~」と以前から思っていることがあります。
東証の上場廃止基準です。

東証では一部も二部も、債務超過になった企業は原則として上場廃止にする規定があります。

債務超過の状態となった場合において、1年以内に債務超過の状態でなくならなかったとき(原則として連結貸借対照表による)

東証の上場廃止基準より

なぜ東証は債務超過企業の上場を禁じているのでしょうか?

それは平たく言えば、債務超過になるようなダメ経営な企業を上場させるのは危険だと東証が考えているからです。

上場するとは私企業が社会の公器になることを意味します。

上場企業の株は資金さえあれば誰でも買うことができます。上場した以上、会社経営者は誰が株主になろうと文句は言えません。誰が株主になるか選べなくなるのは上場企業の宿命です。大量保有報告等の規制はありますが。

また、上場するには一定以上の規模が必要です。具体的には東証一部であれば時価総額が250億円以上必要です。

それくらいの規模になると、債権者やサプライヤーの数も増え企業を取り巻く利害関係者も増えます。万が一、企業の資金繰りが行き詰れば関係者に与える影響も甚大になります。

債務超過になってしまうようなダメ経営な会社を上場させたままにすると、投資家や他ステークホルダーに甚大な経済的損失を与えるリスクがあると東証は判断しています。

果たして、この上場廃止基準は本当に合理的なのでしょうか?
債務超過になっている企業=ダメ経営企業なのでしょうか?

確かに、経営判断を誤って重大な経営ミスをしてしまい損失に損失を重ねて結果として債務超過に陥ってしまうケースもあります。というかこのケースが債務超過になる理由の大半ではあります。最近だと東芝が5000億円以上の巨額の債務超過に陥っています。

東芝は債務超過なので上場廃止基準に抵触します。1年以内に解消できなければ、上場廃止となるかもしれません。日本を代表する大企業なので恩赦があるかもしれませんが。。そんなことしたら、日本の資本市場に対する世界の評価・信頼は失墜すると思いますがね。

日本の上場企業で債務超過の企業があれば、それは必然的にダメ経営企業に該当します。なぜなら、債務超過の企業はすべて退場となるからです。債務超過だけどビジネスは正常な企業があったとしても、東証の基準では形式的に債務超過になると上場廃止要件に抵触してしまいます。

 

債務超過企業の上場を廃止することは一定の合理性はあります。株主、その他利害関係者の利益を守るために必要な措置だとも言えます。

でも、どうでしょうかね。この債務超過による上場廃止規則が、経営者の行動を過度に保守的にしている面もあるかもしれません。

あなたが上場企業の経営者だとしたら、自分の社長在任期間に上場廃止になるなんて「恥」だと思いませんか。日本企業の社長はサラリーマンキャリアの終着点としての地位という意味合いがあります。自社に対する愛社精神も強い方が多いです。

文化人類学者のルース・ベネディクトは『菊と刀』の中で、欧米の文化は「罪の文化」で日本の文化は「恥の文化」だと言ってのけました。確かに、日本人として否定し難い分析です。友人の目、世間の目を過度に気にするのが日本人です。「空気読まない」KYなんて言葉が出てくるのは、日本が「恥の文化」であることを如実に物語っています。
(ちなみに、私は「なんでそんなに空気読めないの?」って言われること多いです。)

自分の社長在任時代に赤字を垂れ流すこと、ましてや上場廃止になるなんて歴代社長に対して大恥なわけです。経団連の「仲間達」にも大恥を晒すことになります。

そんな上場廃止のリスクを背負ってまで、無理に内部留保を減らすために株主や従業員に利益を還元しようと思うでしょうか?

上場企業の経営者になるような方は皆人格的にも優れた人ばかりだと思います。が、それでもやはり、誰しも自分が一番可愛いものです。仮に債務超過ギリギリになるまで株主還元を続けて、ふとしたきっかけ、例えば災害とかで赤字を出して債務超過になってしまえば、それだけで上場廃止基準に抵触するわけです。(即上場廃止になるわけじゃないですが。)

債務超過による上場廃止基準がある状態で、経営者に積極的に内部留保を取り崩せと主張しても無理があるかもな~と思う時があります。

日本企業の内部留保が過剰に積み上がっていることの一義的な責任は経営者と、経営にガバナンスが効かせられない資本構造にあると思います。

しかし、法律的な要素もあるのではないでしょうか?

債務超過になると東証から退場となってしまうというなら、純資産はなるべく厚めにしておきたいと経営者が考えたとしても何ら不思議ではありません。

 

米国企業は債務超過になっても上場廃止にならない

米国のニューヨーク証券取引所(NYSE)は上場基準が世界一厳しいです。FRBやSECの監視体制は厳格です。NYSEに上場している日本企業は、トヨタ自動車や日立製作所、NTTドコモなどごく一部の大企業のみです。

NYSEの上場廃止基準の詳細は知りませんが、少なくとも債務超過は上場廃止基準ではないはずです。なぜなら、今現在債務超過のままNYSEに上場している企業があるからです。マクドナルド(MCD)、コルゲート・パルモリーブ(CL)、フィリップモリス・インターナショナル(PM)などは債務超過です。

なぜ世界一上場審査が厳しいNYSEは債務超過を上場廃止基準としていないのでしょうか?

それは、債務超過=ダメ経営企業という発想がないからだと思います。

債務超過には、「悪い債務超過」と「良い債務超過」があります。

上で例示した企業はいずれも「良い債務超過」企業に該当します。売上高・利益はしっかり出ており、稼いだキャッシュを惜しみなく株主に還元しています。MCDなんてFY16の総還元性向は300%を超えていますから。莫大な株主還元です。

もしNYSEの上場廃止基準に債務超過があったとしたら、マクドナルドもフィリップモリスも今ほど積極的に株主還元を実施できてはいないでしょう。債務超過にならない程度の、いやある程度の剰余金のクッションを確保できるまでしか株主還元をしないでしょう。

米国市場は「債務超過=ダメ経営な企業」と十把一絡げに取り扱っていません。債務超過のまま上場を維持しても、利害関係者に損害を与えるとは限らないと判断しています。

各投資家が自己責任で考え、投資することを要求しています。

 

米国株が魅力的なのは企業の強さだけではない

長期投資では米国株が良いと思います。

アップルやグーグルを輩出する起業家精神というよりも、株主利益を守るためのコーポレートガバナンスがしっかり機能している点が一番の魅力です。

米国株の魅力は企業の収益力の高さや、コーポレートガバナンスの盤石さだけではありません。法制度も米国株の魅力をより一層高めています。

NYSEの上場廃止基準に債務超過という項目がないから、米国企業は資金繰りの限界まで株主還元を実施できます。これからも米国企業経営者は保身に走ることなく(保身に走る意味がない)、積極的に株主に配当金を送金してくれることでしょう。

長期株式投資のリターンとは配当です。配当最大化をサポートする法体制が整っているのは、日本よりも米国です。