米国企業のCEOは大抵、ストックオプション(株式報酬)を付与されています。ストックオプションとは自社の株式を一定の価格(たとえばゼロ円)で購入できる権利です。
経営者は株主利益のためだけでなく、自分の報酬を上げるためにも、なんとしても株価を上げたいと考えます。そのために経営者としての仕事を頑張ります。別にお金のためだけに仕事をしているわけではないでしょうが、高額な報酬を提示されるからこそプロとして自分の役割を全うしようという熱意も湧いてくるものです。
そういう背景もあって、特に株式報酬が多い米国企業の経営者は自社株買いが大好きです。自社株買いの方が配当より多い企業も珍しくありません。自社株買いをして株価が上がるとストックオプションの価値も上がる。つまり、自分の報酬も上がります。
ここ(経営者が自社株買いを好む点)をもう一歩深く理解してみましょう。
自社株買いをすることで経営者は自分が潜在株主(ストックオプション行使前)から実際の株主(ストックオプション行使後)になるまで、配当を留保できると解釈できます。
経営者は配当をなるべく後払いにしたいんです。
なぜなら、現時点では自分はまだ潜在株主でしかないからです。潜在株主とは普通株式を取得できる権利を持っている人のことで、転換社債やストックオプション所持者のことです。
経営者は株主ではなく潜在株主なんです(自分で株を買ってれば別ですが)。
潜在株主に配当は支払われません。
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ここ超重要
配当は当然株主には支払われますが、株主候補(潜在株主)には支払われません。
だから、経営者はなるべく配当は後に後に繰り延べたいという気持ちが強いんです。いつまで繰り延べたいかと言えば、自分が潜在株主から株主に変わるまでです。つまり、ストックオプションを行使して普通株を割り当てられるまでです。
そうやって、晴れて株主候補から株主になっちゃえば、その後はちゃんと配当を貰うことができます。
配当を払うと既存株主はお金を貰えますが、潜在株主には1円も入りません。
でも自社株買いをして配当を繰り延べることで、既存株主はもちろんのこと潜在株主にもベネフィットがあります。なぜなら、自社株買いをすることで実質的に配当が後払いになるからです。後払いされる時には、すでに経営者は潜在株主ではなく株主になっており、自分も配当をゲットできるというわけです。
自社株買いが「悪」と言いたいわけじゃありません。自社株買いをすることで既存株主の配当も増えるわけですから。ただ、自社株買いをして配当を後払いにすることで、本来既存株主だけで分け合えた利益の一部が潜在株主たる経営陣にも横取りされるというマイナス面があります。
「経営という大事な仕事をやってくれてるんだから、んなケチ臭いこと言うなよ~」って感じですかね(笑)。まあ、そりゃそうかもしれません。潜在株主の株主化による配当の希薄化なんて微々たるもんでしょうし。
ただ、自社株買いにはもう一つデメリットがあってこっちの方が大きな話です。
経営者が自分も配当が欲しいがために、株価が割高でもガンガン自社株買いをしちゃうリスクがあります。割高な価格で自社株買いをすれば、既存株主には損失ですが潜在株主には利益です。たとえ割高な自社株買いであろうと、少しでも配当が後ろに繰り延べられれば潜在株主としては配当が貰えてハッピーだからです。
以上から、株主と経営者の間に利害対立があることがわかります。
ストックオプションを付与することで経営者も株主も同じ方向(株価を上げたいという)を向くことができる。だから、経営者にはたくさん株式報酬を与えるべきという意見を聞きます。
しかし、ストックオプションを付与しても経営者と株主の利害は完全には一致しません。
なぜなら、ストックオプションを付与された経営者は潜在株主でしかないからです。潜在株主と株主の利益は完全には一致しないのです。
どの点がもっとも大きな利益の不一致なのか?
繰り返しですが、、
潜在株主に配当は支払われません。
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ここ超重要
配当が利害対立の元なんです。
潜在株主たる経営者は実は配当が嫌いなんです。なぜなら、自分の懐には1円も入ってこないからです。それが自社株買いにすれば自分の懐に(将来)入ってくるわけです。そりゃ、自社株買いしたくなる気持ちもわかります。
さっきも言いましたが、自社株買い批判ではありません。言いたいことは、株主と経営者(潜在株主)にはこういう利害の不一致があるということです。この辺のインセンティブ・コントロールは非常に難しいところがありますね。最後は経営者を信じる気持ちが大切かなと思います。
Hiroさん ここ数日のパワフルな記事痛快ですね。
コーポレートガバナンスとストックオプションについて、バフェットからの手紙4版に、—
傑出した経営者が経営する傑出した会社の株主となり、経営はまかせて口出ししないほうがよい。
取締役会は馴れ合いになり、CEOを監督する機能は望めない。取締役会は小規模かつほぼ社外取締役で構成され、大株主のオーナによってCEOが監視されるのが望ましい。
ストックオプションは会計処理操作で経営者たちにによる株主利益の略奪を可能にする。インセンティブとして上手く活用することもできるが問題が多い。—
という趣旨のことが書いてありまして、バフェットはストックオプションに否定的です。
ちなみにストックオプションは行使と同時に売却が基本でして、通常は株主にはなりません。MarketwatchのInsider actionを見ると、インサイダーが売ってるときはインサイダーは成長は限界にきてると思ってるのかなあと類推したりします。
さて、Hiroさんの配当愛の記事を読むにつけ、私も配当の重要さを啓蒙されています。
複利の力は広く語られていますが、「増配の力」ももっと語られる必要があると思いました。配当利回り2.5%のとき株を取得し、12年で2倍の安定したペースで増配されれば、利回りは12年後ざっくり5%、24年後10%。(インフレや配当再投資は無視していますが。)
若いときから投資して、リタイヤするころ配当も結構な額、年金プラス配当で暮らし、そのうえキャピタルゲインもおいしいという将来を夢想します。もし近い将来暴落があったら是非SP500まとめ買いしたいです。
取締役会にCEOの監督機能は期待できないと言われることが多いですが(私も実際にそう感じてます)、米国企業においてはちゃんと機能している例が多いなあと感じます。
まあ、IBMや今回のGEの例は特殊なのかもしれません。
今日のWSJで米国CEOの75%は社内からの昇格という記事がありまして、「ああ、米国でも大半は日本と同じで内部昇格なんだな~」と思いました。
別に内部昇格が悪いと思っているわけではありませんが、米国企業は外部から経営のプロをCEOとして採用するイメージが強かったのでちょっと意外でした。
ストックオプションの会計処理ですが、昔は新株予約権を付与してもそれを人件費として費用計上しない実務が普通だったようです。
私が会計士の勉強をスタートした頃(2005年前後)には、すでに「ストックオプション付与=費用計上」が常識でした。
ストックオプションを費用処理しないなんで、今思うと信じられないです。
バフェットが怒るのも無理ありません。
幸い今はちゃんと費用計上されてはいますので、そこで投資家に誤解を与えることは回避できいると思っています。
>ちなみにストックオプションは行使と同時に売却が基本でして、通常は株主にはなりません。
そうなのですか、ありがとうございます、勉強になります。
うちの会社の経営層はみな自社株をかなり持っているので、てっきり過去の新株予約権の行使分かと思っておりました。
新株予約権は行使したら、売っちゃうのが普通なんですね。それは知りませんでした。
会社愛の強い経営者ほど株を持ち続けるイメージがありました。
ということは、潜在株主たる経営者は将来の配当をもらうためというより、単純に株価を押し上げてストックオプションを有利な条件で行使するために自社株買いを選好すると言うのが正確ですね。
意味としては配当の後払いと同じではありますが。
株価は将来配当の現在価値ですから。
>複利の力は広く語られていますが、「増配の力」ももっと語られる必要があると思いました。
そうですね、株価で考えるようにも配当で考えることも大切ですね。
というか、そちらが本質ですし。
そこに投資家としての再投資も加わることで、長期では株式投資の利益は想像以上に大きくなります。
今を楽しむことも大切ですが、株式投資を始めると将来が楽しみになります。
じっくり待ちたいと思います。
PS
例の件、メールありがとうございます。
まだじっくり読む時間を取れておらず、もう少々お時間下さい。
hiroさん、おバカな質問申し訳ありません。
ストックオプション所有者であるCEOは、経営者として在職している間は、ストックオプションを行使できず、潜在株主でいなくてはならない、CEOを退任して初めて行使して既存株主になれるということですか?
CEOも既存株主で配当金がもらえるなら、自社株買いでなく配当を選んだら良い訳ですから。
めいさん、こんばんは。
ご質問ありがとうございます。
私の知る限りですが、CEO等の経営層は在任期間中でも新株予約権(ストックオプション)を行使できます。
行使して株主となれば、既存株主と経営者との利害対立はいくらか和らぎますね。
ただ、ストックオプションを全く持っていない状態になることはあまりないとは思います。
あと、以下でNeoさんが教えて下さいましたが、ストックオプションを行使したら付与された普通株は即売却が一般的だそうです。
なので、結局のところ経営者が潜在株主から株主になることはなく、やはり株主と経営者が完全に同じ方向を向くことは難しそうです。
配当利回りと増配率とリターンの関係について大変面白いブログ記事を見つけましたので参考にコメントに追加します。
https://zarigani-money.com/entry/compound-interest3/
ありがとうございます。
面白いですね。
自分の直感とも一致します。
利回りに誘惑されず、将来の成長(増配)を意識することが大切ですね。
もちろん理想は配当利回りも増配率も高い銘柄ではありますが。