人に値段を付けるのはちょっと野暮で嫌な感じがするかもしれませんが、ビジネスの現場では普通にあることです。コンサルタントAさんの単価は1万円/時間とか。巨人の菅野の年俸は4.5億円とか。サラリーマンも年収500万円などと値札を貼られます。

人の値段はビジネスの世界でやむを得ず決まるもので、別にそれで人の価値が決まるわけでもなんでもありません。ドライに捉えればいいものだと思っています。

ところで、金融商品の価値はそれが将来生み出すキャッシュフローの割引現在価値の合計です。債券価格は将来のクーポンの割引現在価値だし、株価は将来のDPS(一株当たり配当)の割引現在価値です。

じゃあ、人の値段はどうなのか?

人の値段は金融商品のように、その人が将来稼ぐであろうキャッシュフローに依存するのでしょうか?

YesでもあるしNoでもあると思います。
立場によって異なります。

終身雇用で安定給与を半永久的に約束されているサラリーマンの値段(年収)は、将来キャッシュフローとは無関係に決まっています。平たく言えば、その人が不満に思わない程度、普通に生活できる程度の金額を渡すだけです。もちろん、高スキルの人は高い年収が貰えるし実力主義の部分もありますが、基本的には低く抑えられています。

マルクスは『資本論』の中で、給料とは「労働力を調達するために必要なコスト」であり、それはつまり「労働者に明日以降も元気に働いてもらうための食費であり光熱費であり住宅費である。要は「給料=標準生活費」である。」という趣旨のことを言っているそうです。
(注:私は『資本論』を読んだことはなく、その解説書を読んでいるだけ)。

このマルクスの解釈は日本のサラリーマンの給与の決まり方を説明する上では、かなり的を射ているなと感じました。住宅手当、子ども手当、配偶者手当、これらは仕事の成果とは関係なく標準生活費が上がることに伴う支給です。最近は結婚してもDINKSだとむしろ生活費は安く済むので、配偶者手当は必ずしも必要ではなく、子ども手当を重視すべきと私は考えています。

何が言いたいかといえば、サラリーマンの給料と成果は関係ないということです。メチャクチャ優秀な営業マンで、平均的な営業マンの10倍の販売実績を上げたとしても、それに連動して給料も10倍になることはありません。ボーナスがちょっと増えたり、表彰されて報奨金を貰えたり、その程度でしょう。

労働者という無リスクで雇われている立場ですから、成果に連動して報酬を貰えないのは仕方ないことです。逆に、全く商品が売れない営業マンも固定給を貰えます。

 

一方で、より成果主義でプロフェッショナルな働き方を求められる人の給料は、マルクスが言う「給料=標準生活費」とはなりません。

例えばプロ野球選手。いまもっとも年俸が高い選手は我が福岡ソフトバンクホークスの柳田選手でしょうか(違ったらすみません)。5.5億円です。

柳田選手の年俸5.5億円はどうやって決まっているのか?

う~ん、まあ市場価格としか言いようがないですかね。成果を出してチームの勝利に貢献した柳田選手が満足できて、他チームに流出しない金額。お互いが同意した金額。

それはそうなのですが、ない袖は振れません。ソフトバンクは稼いでいます。年間の球団収入は280億円。地元福岡には熱烈なファンが大勢います。別に孫さんマネーに頼っているわけじゃありません。福岡人の地元愛は結構強いんです。福岡いい街ですよ。いつか帰りたい。

だから、柳田選手に5.5億円も払えるんです。

どれだけ柳田選手が有能なプレーヤーであろうとも、ソフトバンクの年間収入が仮に10億円だったら、5.5億円もの年俸を出すことは不可能です。柳田選手の年俸だけで売上高の半分を削られたら、球団運営が維持できません。

柳田選手はソフトバンクの年間売上280億円にもっとも貢献している選手です。だから、5.5億円の収入を得ています。

ソフトバンクという球団の力もあるし、何よりもプロ野球というスポーツに多額のマネーが集まるからこその高年俸とも言えます。実力があってホークスの勝利に貢献し観客を惹きつけることができること、また社会的にニーズの大きい(=たくさんのマネーが動く)プロ野球という業界で活躍していること。こういったことが柳田選手の5.5億円という凄まじい年俸を生み出しています。

定量的に計算することはできませんが、柳田選手はソフトバンクの収入280億円のうち5.5億円分くらいは貢献してくれていると解釈できると思います。

このように、ハイリスクでクビになるリスクと常に隣り合わせのプロフェッショナルな人たちのお給料は、その人が生み出す将来キャッシュフローに概ね連動する形で決まっていると言えそうです。

 

ところで、ヴィッセル神戸のイニエスタの年俸には疑問です。

プロサッカー選手の給料の決まり方も、プロ野球選手と同じです。

その人が、どれだけ球団の収入に貢献できるかで決まります。

日本のプロ野球選手の平均年俸は4000万円くらいで、プロサッカー選手(一部リーグ)の平均年俸は2000万円くらいです。2倍の差があります。それは別に野球選手の方が有能だからではなく(そもそも野球とサッカーでそんな比較はできっこない)、単にプロ野球の方が動くお金がデカいからです。要は日本ではサッカーより野球の方が人気があるということです。

余談ですが、インドでは野球でもサッカーでもなくクリケットが人気です。一流のプロ・クリケット選手は億単位の年俸を手にしています。結局は、マーケットの大きさが大事ということです。そこまで考えて幼少期からスポーツを選ぶ子どもはまずいないでしょうが、結果論としてはマーケットが大きいスポーツで一流になった方が経済的には報われます。

マーケットが大きいと競争も激しくなりがちだから一長一短ですけどね。ただ、サッカーは競争が激しい割に、一流(プロ)になってもあまり報われないな~と個人的には感じています。日本代表レベルでも1億円ももらってないことありますよね。

ところで、ヴィッセル神戸にイニエスタ選手が移籍してくれました。バルサ下部組織から育成された、サッカー界のスーパースターです。サラブレッドです。もちろん実力は折り紙つき。

イニエスタ選手の年俸は33億円。めちゃ高いです。国内サッカー選手で二桁億円なんて今まで聞いたことありません。

はっきり言って、投資効果の割に合うのか疑問だと私は思っています。

イニエスタ選手の年俸が合理的という根拠の一つに、こんな意見を目にします。

世界トップ選手の相場を考えたら年俸33億円は決して高くない。イニエスタほど実績のある選手だったら30億円くらいは普通だよ。

確かにメッシやネイマールの年俸はもっと高いです。

ですが、私はこの意見には賛同できません。

サッカーが巧いからお金を稼げるのではなく、それは前提で華麗なプレーが観客や広告主を呼び込んで、クラブの収入に貢献できるからお金を稼げるのです。

イニエスタが所属していたバルセロナのクラブ収入は1200億円くらいあります。世界トップクラブですから、観客数も多いし広告単価も高いです。もし1000億円以上もクラブ収入があれば、一人のトップ選手に30億円払っても採算が取れます。

では、ヴィッセル神戸の年間クラブ収入はいくらでしょうか?

・・・

・・・

約40億円です。

40億円ですよ、、イニエスタの年俸33億円払うだけで売上高の80%が吹っ飛びます。

確かにイニエスタ効果で観客が増え、グッズも売れて、広告収入も上がるでしょう。でもそれで仮に売上高が2倍の80億円になったとしても、一人の選手に33億円も払えばクラブは財務的にかなり苦しいです。

私は楽天株主でもないし、別にイニエスタ選手への投資についてとやかく言える立場じゃないです。というか、サッカーファンとしては嬉しいこと限りないです。

ただ、世界の一流サッカー選手の年俸は数十億円が相場だから、イニエスタの年俸33億円はいたって普通であるという理屈は無理があるとは思います。

一流の人の給料は将来キャッシュフローをどれだけ生み出せるかで決まります。スキルが高い低いじゃありません。どれだけ収入を生むかで決まります。仮にサッカー下手でも、なぜか大人気で観客を呼び込める選手には高い年俸を払う価値があるかもしれません。そんな選手実際にはいないけど。

バルサ時代のイニエスタの年俸は約10億円と相変わらず高額ですが、それもバルサの年間収入1200億円を考えれば無理のない水準に思います。10億円 / 1200億円=0.8%です。

それが年間収入がバルサの30分の1しかないヴィッセル神戸への移籍で、年俸は3倍になるというのは経済的にはかなり「謎」です。さっきも言いましたが、年間収入40億円のクラブで一人の選手に33億円も払えば、普通に考えて経済的に破綻します。年収500万円のサラリーマンが家賃30万円の高級マンションに住むようなものです。契約できること自体が奇跡。

巧いから高額年俸が妥当なのではなく、その巧さが収入を生まないと高額年俸は妥当とは言えないです。

バルサ時代と今の神戸とでイニエスタのサッカースキルは変わってないでしょうが、イニエスタのキャッシュ獲得能力は確実に下がっています。なぜなら、日本のサッカーマーケットは欧州のそれより遥かに小さいからです。

一流選手がマーケットの大きな国のクラブ(サッカーで言えば欧州)に行ってしまうのはもはや必然であり、仕方ないことです。

まあ、三木谷さんの裏マネーとか色んな事情があってイニエスタ選手の移籍は実現しているとは思いますがね。あとはヴィッセル神戸のクラブ収入だけじゃなくて、楽天グループ全体への貢献もあるのかもしれません。そこまで織り込むと投資は経済合理的なのかも。その変の事情は全く知りません。

イニエスタ選手の年俸はどう解釈すれば説明が付くのか、、です。少なくともヴィッセル神戸のクラブ収入だけを考えれば、どう考えても採算が合いません。

別に経済合理性なんて要らないんじゃないか?
イニエスタが好きだから、憧れているから33億円払って獲得したっていいじゃないか?

確かに、カネカネばかり言うのはつまらないです。経済性を無視したロマンある支出は素敵です。

が、、楽天は株式会社です。株式会社の経営者は株主の経済的利益を追求する義務があります。だから、ロマンを求めて札束をぶん投げることは許されません。いくら大株主の三木谷さんと言えども。