企業の最終目的は、顧客によい製品、優れた価値を提供し続けることだ。明日への投資のためにも最低でも10%の利益率は必要だ。

富士フイルムホールディングス会長 古森氏

 

様々な構造改革を実行したことで、売上高営業利益率は5%に近づき、日本企業として標準的な収益水準に戻ってきた。しかし、これは日本の標準であり世界標準ではない。世界では利益率10%以上なければ、立派な企業だとは言ってもらえない

日立製作所元会長 川村氏

日本を代表する経営者の言葉です。

最近リコーがかつて買収した米国企業の資産について大規模な減損を発表しました。ペーパーレス化が進む中、複合機ビジネスは厳しくなっています。しかし、そのような社会環境の変化を予見できた企業はうまく舵を切って利益を上げ続けています。富士フィルムはヘルスケアへの投資を進めて成功しているし、キャノンも東芝メディカルを買収してヘルスケア事業に力を入れています。

富士フィルムの経営改革は会長の古森氏なくしてあり得なかったでしょう。その古森氏は、「最低でも利益率10%は必要だ」とおっしゃっています。営業利益率なのか純利益率なのかは分かりませんが、とにかく10%が目安とのことです。

東芝がウェスチングハウスを買収して原子力事業に舵を切ろうとしましたが、ご存知の通り結果としてはうまくいかず、やはり多額の減損損失の計上を余儀なくされました。一方で、ライバルの日立製作所はリーマンショックから立ち直って、しっかり利益が出る体質になっています。その日立製作所元会長の川村氏も古森氏と同じく、営業利益率で10%以上はないと優良企業とは認められないと語っています。ここで言っている利益率は文脈から考えて営業利益率を指しているでしょう。

営業利益率10%

これは日本企業として優良だと認められる一つのベンチマークだと思います。営業利益って本業の利益です。配当金とか支払利息とか有価証券売却益とか、そういう一時的な収益費用は除いた純粋な本業の収益性を示しているのが営業利益率です。

日本企業で営業利益率10%超って聞くと「おお、かなり儲けている企業だな」っていう印象を持ちます。でも、アメリカ企業で10%と聞くとむしろ低く感じます。やっぱり日本企業は全体的に見て米国企業よりも営業利益率は低いです。でもそれは、決して日本の経営がダメだからではありません。日本特有の繊細なオペレーションによって製造される高品質な製品、きめ細やかサービスはグローバルで高いマージンが取れています。

日本企業の営業利益率が低い理由は、社内に収益性の悪い部門を抱えているからというのが一番の理由だと思います。不採算部門を切らない、いや切れない。

 

たとえば、オリンパスの内視鏡はグローバルのシェアが70%超もあってめちゃくちゃ利幅が大きいです。内視鏡を持つ医療部門だけで見れば、営業利益率は20%近くあります。ですが、デジタルカメラなどの映像部門の営業利益率は1%もなくて赤字寸前です。結果としてオリンパス全体での営業利益率はちょうど10%ほどです。10%でも十分優秀なのですが、その中でも内視鏡事業だけにフォーカスすれば米国企業も恐れをなすほどの高収益体質なんです。

 (単位:億円) 売上高 営業利益 営業利益率
医療 5,753 1,155 20%
科学 932 53 6%
映像 656 5 1%
その他 140 -46 -33%
合計 7,480 765 10%


2017年3月期のオリンパスの有価証券報告書にあるセグメント注記です。「医療」が主に内視鏡ビジネスです。すごいですよね、営業利益率は20%もあります。でも他の部門の収益性がやや悪く、結果として全社の営業利益率は10%にとどまっています。

 

 

セブン&アイ・ホールディングスは、セブンイレブンのコンビニ事業が好調です。コンビニ事業の営業利益率も10%超あって高いです。単身世帯が増える中、コンビニはもはや社会のインフラと化しています。その中でもセブンイレブンのお惣菜やお弁当は高品質で美味しいです。最近ファミリーマートが追い上げているように感じますが、やはりコンビニ界のトップはまだセブンです。ただ、イトーヨーカドーなどスーパーストア事業や百貨店事業、ネット通販事業はほとんど利益が出ていません。コンビニ事業(あと金融部門)が荒稼ぎして他の部門を支えている構造です。コンビニ事業単独の営業利益率は11%ありますが、セブン&アイ全体の営業利益率は6%しかありません。

 単位:億円 売上高 営業利益 営業利益率
コンビニ 26,748 3,041 11%
スーパー 20,515 72 0%
百貨店 8,818 38 0%
フードサービス 830 9 1%
金融 1,566 497 32%
通販 1,571 -84 -5%
その他 408 56 14%
調整 -106
合計 60,457 3,523 6%


セブン&アイ・ホールディングスの2017年2月期の有価証券報告書に記載されているセグメント注記です。コンビ二事業が孤軍奮闘しています。金融のマージンが高いですが、全体に与えるインパクトは小さいですね。セブン銀行にはよくお世話になっています。通販事業は営業赤字です。そう言えば、最近「オムニセブン」事業を減損すると日経で読んだ記憶があります。

 

日本企業って米国企業より利益率が低いってよく言われます。確かにそれは事実なのですが、もう少し細かく見ていくと、実は日本企業も米国企業と同じくらい高い収益を生み出す事業を持っていることが分かります。ただ、他の不採算部門に優良部門の利益が食われてしまい、結果として企業全体の利益率が下がっているだけです。

一方で、米国企業は不採算部門どころか、今は高収益でも10年後にダメになりそうな部門はスパッと事業売却することが良くあります。この辺の経営判断のスピードはめちゃ早いですし、日本ほど労働規制が厳しくなくリストラもし易いです。

たとえば、ジョンソン&ジョンソンは2014年に血液検査を手がけるオーソ・クリニカル・ダイアグノスティックス部門を約41億ドルで売却し、2015年には心臓血管系医療機器のコーディス部門を約19億ドルで売却しました。ここ10年ほど、ジョンソン&ジョンソンの業績が不振に陥ったなんてニュース聞いた覚えないですよね。企業全体が危機的な状況になくとも、不採算事業はバンバン切っていくのが米国企業の特徴です。結果として高収益な事業だけが残り企業全体の利益率も高水準で維持されます。

主要な米国企業の営業利益率をいくつか見てみましょう。

ティッカー 企業名称 営業利益率
AAPL アップル 27%
MSFT マイクロソフト 25%
XOM エクソンモービル 8%
JNJ ジョンソン&ジョンソン 24%
VZ ベライゾンコミュニケーションズ 23%
PG プロクター&ギャンブル 21%
GOOGL アルファベット 26%
KO コカ・コーラ 21%
MRK メルク 18%
MO アルトリアグループ 49%
MDT メドトロニック 18%
V ビザ 66%

原油価格下落による業績不振からまだ立ち直っていないエクソンモービルは10%を切る利益率ですが、他は軒並み20%前後ありますね。MOとVはちょっと論外ですねw。

長期投資ではシンプルに営業利益率や営業CFマージン(営業CF / 売上高)が高い企業を選んだ方が、高い投資リターンが期待できます。

オリンパスの内視鏡事業は超有望ですが、残念ながら内視鏡事業だけに投資することはできません。オリンパスという企業全体に投資するしかありません。そうなると営業利益率10%のオリンパスよりも、18%あるメドトロニックの方を選びたくなります。まあ、営業利益率だけで判断するわけじゃないですがね。

こんな感じで、米国企業の方が圧倒的に営業利益率が高く投資対象として魅力的です。ただ、だからって日本企業の収益力がないというわけではありません。少なくとも一部の事業は、米国企業と伍する収益性を持っています。それらが仮にスピンアウトして、また労働規制もより柔軟になれば長期で株を持ちたくなる日本企業もたくさん出てくるかもしれません。