年収が上がらない一方で社会保険料はグングン伸びる。手取りは下がるばかり。ざっくり3割は差っ引かれてます。消費増税で騒いでいる暇なんてないくらいです。

そんな日本ですが、世界で見ればまだまだ豊かな国です。一人あたりGDPは約4万ドルで世界26位。欧米諸国より所得は低いですが、日本は物価が安いので26位という順位以上に物質的な豊かさを感じられるかもしれません。治安は良くて安全です。大規模なデモやテロもない。フランスの「黄色いベスト運動」のような階級紛争も起こりません。

そんな平和で豊かな日本で健康に生まれてくることができたなら、人生というゲームの難易度はそれほど高くはないと思います。ルールを理解していれば。私たちが生きるこの社会は資本主義というルールの下運営されています。そのルールを知らないと、経済的な豊かさを手に入れるのは難しい。逆にルールさえ知っていれば、(ほどほどの)豊かさはちょっとした努力で手に入ります。

資本を持つこと。
これが金と時間に余裕を持つために必要なことです。

もっとも簡単なのは働いた給料を余らせて、その金で株を買うことです。起業して自分で資本を築き上げることができればより豊かになれます。が、私には起業の経験はないのでそこを語る資格はありません。サラリーマンやりながら優良株を買い続けるという誰でもやれる簡単な方法でも、地道に継続すればそこそこの資本を築けます。

無慈悲に流れる時間をいかにせき止めて資本化するのか。起業であれ投資であれこの発想が必要です。時間を垂れ流さない。会社に雇われて労働に従事することは時間の垂れ流しと言えますが、その労働で得た給料で株式を買うなら、労働時間の一部は資本化できていると解釈できます。

資本主義という言葉自体を知らない人はいないのに、その本質を理解し、実際に資本を作れる人は少数です。

なぜでしょうか?
その理由として2つピックアップします。

・資本家の圧力が見えづらい
・短期的な報酬を手放せない

現代社会は資本家の圧力が見えづらい

中世の封建社会では領主と農奴の主従関係が絶対的に存在しました。農奴と農民は意味が違います。農奴は領主に対して生産した農作物を納めていました。自分の土地を持つことは最低限しか認められていませんでした。結婚はできましたが、その際にも領主に税金を納めるのが決まり。現代の私たちが謳歌している自由な生活とはほど遠い環境です。

当時の生産者階級(現代の労働者階級)がどういう心境で働いていたか、当然ですが私は知り得ません。しかし、きっと領主(現代の資本家)に対する反発心、怒りがあっただろうと思います。自分ならそう思いそうです。なんでお前なんかのために朝から晩まで農作業せなあかんのや!って思うだろうな。

実際にそうだったのでしょう。だからこそ、農奴の反乱は何度も起こりました。14世紀イギリスで起こったワット・タイラーの乱とか。

翻って現代はどうでしょうか。労働者は資本家の圧力を感じながら働いているでしょうか。資本家とは株主のことですが、株主の姿は会社では見かけませんよね。株主総会でたまに見るくらい。IR部門やCEOなどの役員なら大株主と直接話す機会もありますが、一般従業員は普段株主の存在なんて意識すらしません。所有と経営が完全に分離しているからです。

でも私たち労働者は仕事では常にプレッシャーに晒されています。それが実質的には資本家の圧力なわけですが、直接的には上司の圧力です。課長、部長、役員からあれやれこれやれと圧がかかります。

だから、私たちは敵を勘違いしてしまうのです。資本家と対立するのではなく、上司と対立してしまいます。別にバチバチ喧嘩することはなくても、飲み会で愚痴ったりはするでしょう。資本家(株主)の愚痴を言ったことはないはずです。

平社員と上司は同類です。つまり、どちらも資本家に雇われている労働者ということです。対立するどころか、資本家に負けないよう結託すべき仲間です。

サラリーマン社会に染まって上司の命令に従う生活を送り続けていると、目指すべき目標が上司になります。出世して偉くなってやろうってことです。上司になったら偉そうにできるし、給料も上がる。金持ちになるには出世するしかない。こういう発想になります(最近の若い世代は出世意欲は小さいですが)。

管理職に出世したところで、下級労働者から上級労働者に変わるだけです。同じ労働者であることに違いはない。真に目指すべきは資本家なのに、その存在が日常生活であまりに見えないため、資本家の代弁者たるCEO、の代弁者たる役員、の代弁者たる部長、の代弁者たる課長を目指して仕事を頑張ろうという結論に至ります。

別に出世を目指して仕事を頑張ることが悪いとは全く思いませんが、目的が経済的な豊かさを手に入れることならば、これは資本主義のルールを読み誤っているとしか言いようがありません。

あなたに直接ストレスを与えているのは、あなたと同じ労働者です。現代は資本家の圧力を直接感じ取る機会がありません。その結果「俺も上級労働者になってやろう!」と思うことはあっても、「俺も資本家になってやろう!」と思うことはほぼありません。

短期的な報酬を手放せない

幸い資本の本質に気付くことができたとしても、一から資本家を目指すのは容易なことではありません。なぜなら、資本家になるには目先の利益を捨てて、長期的な利益を求める姿勢が不可欠ですが、人はどうしても短期的な報酬に目が眩むからです。目が眩むというか、そっちを優先させてしまいます。生活のために目先の資金を確保せざるを得ないことも多いです。

簡単に資本家になる方法は毎月のサラリーで株式を買うことですが、これは簡単ではないです。給料はちょうど生活費で消えてしまうくらいの金額に設定されています。しっかり働き、平均より生活費を抑え、購買欲をそそる様々な「罠」を回避して投資の種銭を貯めないと株式投資のスタート地点にすら立てません。

1カ月5万円余らせるだけなら誰でもちょっと我慢すれば可能ですが、それを継続させないと意味はありません。固定費を抑える工夫、見栄を張らないことなどが大切ですかね。

株式投資以外にも資本家になる方法はあります。自分で会社を立ち上げて、毎月キャッシュフローが入ってくる状態を作る。上手くいけばIPO。これこそ、めちゃくちゃ大変です。

まず、サラリーマンを辞めて起業する勇気が必要です。「短期的な報酬」の最たるものがサラリーという固定給です。毎月決まった日に決まった額が振り込まれるサラリーは麻薬みたいなものです。一度もらいだすと、消えるのが怖くて怖くて仕方ない。

私はそうです。固定給を失うのは怖いです。転職した時、前職を辞めた翌月からすぐに新しい職場で働き始めたので、給料が途切れることはありませんでした。転職の時くらい3ヵ月くらいの空白期間を作ってゆっくり旅行でもすれば良かったかも。でも、今まで毎月もらっていた給料が途切れることに耐えられませんでした。

アフィリエイトサイト、ブログ、YouTubeチャンネルなどのオリジナルコンテンツも資本としての働きが期待できますが、これらは最初は赤字ではないにしろほとんど収益はゼロです。誰にも見てもらえない。だから、大半の人が最初の数カ月で挫折して止めてしまいます。短期的な報酬は捨てて、こつこつ地道にコンテンツを作成し続けないといけません。

資本家への道はいばらの道

豊かになるには資本家になればいいと気付けない。上級労働者への道をひた走ってしまう。仮に資本家になればいいと気が付いたとしても、そのためには目先の利益を捨てるという人間の本能に反する行動をとらねばならない。

資本主義社会で資本家になれる人はごくわずかです。個人的な感覚としては、第一段階で立ち止まる人がほとんどです。ブラック企業だと心身が疲弊して、資本主義どうこうと思考する余力がない。ホワイト企業だと環境がゆるふわ過ぎて現状に満足し、資本主義について思考する必要性を感じない(それはそれで幸せかもしれない)。

というわけで、資本家になるのは無理ゲーなんです、普通は。だから、経済格差が縮まることはないでしょう。

どういう道を選ぶかはあなた次第。別に資本家になることが正しいってわけじゃない。人生に正しいも誤りもないから。ただ経済的時間的な豊かさが欲しいなら、資本家への道を目指した方がいいです。てか目指すしかないです。いばらの道ですが、歩を進める価値はあります。