平成バブルがはじけたのが1991年。当時4歳。日経平均株価は今も当時の最高値38,957円を超えていません。まだまだ遠いですね。

株価は経済を示す鏡です。バブル崩壊以降、デフレ経済が続いて賃金は上がらない。賃金が上がらないとみんな財布の紐を締める。それが更なる経済縮小を招くという悪循環。21世紀、主要先進国で実質賃金が下がっているのは日本くらいです。

少子高齢化で人口も頭打ち。今は日本には1億2千万人住んでいますが、2050年には1億人を切ると予測されています。2060年には9000万人を割るそうです。人口減少が必ずしも悪いこととは思わないけどね。

そんなバブル崩壊後の日本で幼少期を過ごしました。子どもの頃は日本経済の状況なんて知る由もなく、いま生きている環境が当然だと思っていました。物価が上がらないのは当たり前、(親の)給料が上がらないのは当たり前。

将来に希望を持ってワクワクすることってあまりなかったです。それは自分の心持ちの問題でもあるし、日本経済の低迷が長く続いた時代という社会環境の問題でもあったかもしれません。

そんな自分にとって、社会人1年生22歳の時に出会った長期株式投資の世界は、煌々と輝く希望の光に見えました。「世界株式に分散投資することで、資産は複利でドンドン成長する。普通のサラリーマンでも億万長者になれるチャンスがある」。労働+普通預金しか知らなかった当時の自分にとって、これは驚愕でした。これが真実なのか確認するため、投資本を読み漁りました。

投資の「お勉強」に3年もの時間を要しましたが、ようやく25歳の時に初めて株を買いました。TOPIX連動投資信託に1万円。恐る恐るネット証券の画面を操作してポチりました。その数カ月後、先進国株式インデックス、新興国株式インデックスなどに合計300万円を投資しました。2013年1月のこと。年末年始の休暇、福岡の実家でコタツに入りながらネット証券で「えいや!!」と300万ぶっこんだことを今でもはっきり覚えています。

今ではポートフォリオは様変わりして、米国個別株がコア商品です。ですが、投資哲学は当時と大きくは変わっていません。「資本家として世界経済成長の恩恵に預かってお金持ちになる」という発想です。私の投資企業は、新興国含めグローバルでビジネスを展開している多国籍企業が多いです。コカ・コーラとかアップルとか。

25歳、資金300万円で始まった僕の株式投資も、6年続けて今では2200万円まで増えました。投資利益もありますが、コツコツ追加入金してきた結果です。このまま投資を続けたいです。東京オリンピックまでに年間配当100万円、30代のうちに年間配当200万円~が目標かな。億万長者になりたいです。1億あれば利回り3%で配当は300万円。7%の益回りで年収700万円か。 憧れるな~。

若い時の100万円なんて金融投資じゃなくって自己投資に使うべき。年とってから金持ちになっても意味なくねーか。いつまで生きれるかわからない、人生一寸先は闇、カネはさっさと好きなことに使った方がいい。

こういう発想もあります。僕も将来に金を繰り延べ過ぎることなく、必要な支出は惜しまずやってます。といっても、美味しいご飯や書籍代を惜しまないくらいですが。

「おっさん、おじいちゃんになってから金持ちになってもしゃーない。今すぐ金を手に入れて使いたい。」という思いは確かにあるんですが、それでも僕はコツコツ長期投資を続けます。金融投資(投機)で短期でぼろ儲けするのは自分には無理だろうという思いもあるし、何より長期投資で将来に向けて金のなる木を育てるのが楽しいからです。

億万長者になって何か手に入れたいものがあるわけじゃないんですよね。生活スタイルはこれからもそんなに変わらないと思います(もうちょっと良い家に引っ越したいけど・・)。お金がたくさんあれば幸せになれるなんて、全く思ってないです。

じゃあ、何のために株式投資をやってるのか?
今お金を消費しないで、株を買ってるのはなぜなのか?

それは今やってる米国株投資が、自分が持てる数少ない希望の一つだからです。「未来は今より良くなっているだろう」という希望です。株式投資以外でこんな希望が持てることってあるかな。

仕事?
う~ん、会計の仕事は好きだけど所詮地味なバックオフィスです。サラリーマンの給料もそんな上がる気はしない。外資のファイナンスセクターに転職したら、面白いかもなってたまに思いますけど。給料どうこうじゃなくってね。

子育て?
独身だし少なくとも今は想像できない。

ってなわけで、株式投資ってめちゃくちゃ貴重な存在なんですよ。今後マーケットがどう動くかなんてわからないけど、10年20年レベルで米国優良企業の株に投資し続ければ、今より豊かになれるはずという希望を持てます。それが株式投資の好きなところ。