一人暮らしなので、家事は自分でやらなくちゃいけません。基本的に家事は嫌いですが、特にやる気が起きないのが掃除と洗濯です。

掃除ってやった瞬間からもう埃が溜まり出すじゃないですか。毎週末クイックルワイパーやってますけど、その日の夕方にはもう髪の毛とかが落ちています。掃除→埃が溜まる→掃除→埃が溜まる→掃除・・・の繰り返し。この作業が蓄積しない感じがどうも嫌です。積み木を壊しては建て直し、また壊しては建て直し、そしてまた壊す。いつまで経っても積み上がることはない。

洗濯も一緒です。洗って干して、それを着て汚れが付いてそれをまた洗う。その繰り返し。洗濯も掃除と同じで、積み上げている感がないです。

そう、「積み上げている感じ」がないとやる気が起きない性格なんです、私は。金融資本に限らず何でも資本として積み上げたくなります。積み上がらないものは極力避けたい。そんな感情があります。ホント変な奴ですよね。客観的に自分を見つめてそう思いますよ。

自炊はほとんどやりませんが、皿洗いも同じ類です。昔、少しだけ自炊していた頃は使用後の食器を洗い桶の水に漬けたまま、1週間くらい放置していたこともありました。汚い話ですみません。。

でも、同じ皿洗いでもやる気が起きる皿洗いもあります。それは彼女とか他人にご飯を作ってもらった後にやる皿洗いです。これは、率先してやってました。僕は料理自体で何も貢献できないので、食後の皿洗いだけはしっかりやってました。「皿洗いは俺がやるから!」と宣言して欠かさずやっていました。相手に言われる前に自分から動く。

この誰かのためにやる皿洗いは、一人暮らしの皿洗いとは違う意味合いがあります。それは人間関係の維持構築です。たとえ彼女であろうと所詮は他人です。お互いメリットのあるwin-winの関係が崩壊すれば、いずれ距離を置くようになって別れてしまうものです。人間関係という資本を蓄積できていると思えば、皿洗いという作業も頑張れます。皿洗いという小さなgiveを積み上げることが重要なんです。。

自分の為にやる掃除、洗濯、皿洗いなどの家事はホントやる気起きないです。何ら資本蓄積に貢献しないからです。だから、なるべく効率化しています。掃除は週に1回クイックルワイパーとアルコールティッシュで適当にふきふき。年末だけ雑巾でしっかり掃除しています。洗濯はアイロンが大変なワイシャツはクリーニングに出しています。金で解決。皿洗いは自炊をしないことで回避。

株式投資にはまって資本を蓄積することに熱中してきた弊害、職業病な気すらします。 資本主義病。とにかく資本を追いかけ、資本化できないものに興味はなくなる、という症状。