クリエイターの仕事は拡張可能だが、スペシャリストやバックオフィス(要は2つとも雇われサラリーマン)の仕事は拡張不可能。橘玲氏は書籍でこう語っています。

クリエイターとは例えば映画作家やユーチューバーなどです。作成した作品は複数のメディア媒体によって世界中に広がっていきます。一方で、スペシャリストとは弁護士や会計士、バックオフィスとは私がやっている経理などです。これらの業務は特定の顧客や自社のために行っているものであり、仕事の成果を世界中に拡散できるものではない。これが氏の主張です。

ですが、スペシャリストやバックオフィスの業務は本当に拡張不可能なのでしょうか。そんなことはないと私は思います。雇われサラリーマンであっても仕事を拡張することは可能です。

たとえば、私の職業である経理を考えてみます。うちの会社は時価総額が兆円単位ありますから、仕訳を打つ金額レベルは億単位も普通です。「売上原価 201,298,811 / 棚卸資産 201,298,811」といった仕訳を入れることは普通にあります。規模が小さい会社の経理だと億単位の仕訳を打つことはないでしょう。

計上する仕訳の金額単位が増えても労力はさほど変わりません。会計システムに入力する時に押すボタンの回数が増えるだけです。10円、100万円、1億円、どの金額の仕訳であろうと労力はほぼ同じです。

①売上原価 100,000 / 棚卸資産 100,000
②売上原価 100,000,000 / 棚卸資産 100,000,000

②の仕訳の方がレバレッジがかかっています。仕訳を打つ労力はほとんど変わらないのに、その仕訳が与えるインパクトは②の方が大きいです。 橘玲氏の言葉を借りれば、②の方が仕事が拡張されています。

もっとわかりやすく言うと、売上高・利益の大きい大企業に雇われているスペシャリスト、バックオフィスは相対的に仕事を拡張しているということです。サラリーマンは規模の大きい企業に勤めることで、自身の仕事を広く拡張することができます。

ただし、ここが残念なところですが、仕事は拡張しても給料はあまり拡張しません。仕事が5倍に拡張しても、給料はせいぜい1.5倍に拡張する程度です。

会計士試験に合格すると多くの人は監査法人を目指します。監査法人にはビッグファームと呼ばれるところが4つあります。
・あずさ(KPMG)
・トーマツ(Deloitte)
・新日本(EY)
・あらた(PwC)

この4つの監査法人が主要な上場企業の監査を行っています。所属する会計士の数も多く、当然受け取っている監査報酬も多いです。

試験に合格した受験生は大抵は上記の4つの監査法人を希望します。ただ、受け入れ人数には限りがあるので、一部の人は中小の監査法人に入ります。もちろん、経験を積みたいという目的で自ら中小監査法人の門を叩く人もいます。そこは人それぞれ。

大半の受験生が4大監査法人を目指す理由の一つして給料水準の違いがあります。今はどうなのか詳しくは知りませんが、1年目で100万円ほど年収が違ったと記憶しています。大手の方が高いです。

なぜ大手(4大)監査法人の給料は高いのか?

所属している会計士が優秀だからではありません。それは偏見であって、規模の小さな事務所にも優秀で仕事熱心な方はたくさんいます。実際に知っています。

大手監査法人の給料が高いのは、単に一人当たりの監査報酬が高いからです。橘氏の言葉を借りれば、大手監査法人に所属する方が監査業務を拡張できるからです。

さっきの経理業務の例と同じですが、会計監査では以下の2つの仕訳の妥当性をチェックする時間にそれほど差はありません。

①現金100,000 / 売掛金 100,000
②現金 100,000,000 / 売掛金 100,000,000

10万円であろうと1億円であろうと、証憑を入手して突合する作業に違いはありません。まあ、実際に仕訳を一つ一つチェックすることなんてありませんけどね。

なるべく規模が大きくたくさんの監査報酬を払ってくれるクライアントを抱えた方が、会計士一人当たりの監査報酬が高くなります。クライアントの規模が大きくなれば必要な監査人員も増えますが、監査報酬が増加がその人件費増を上回ります。なので大手監査法人は所属する会計士に多くの給料を払うことができます。

ただし、大手だからって給料が中小よりそんなに多いわけではありません。1.5倍も変わりません。1.2倍~1.3倍程度の格差です。

企業であれ監査法人であれ、雇われの立場で高い給料を貰いたいならなるべく生産性の高い職場に行くことです。生産性の高い会社では、所属する従業員の仕事の生産性も高いということになります(計算上)。そして、結果として高給を貰うことができます。生産性の高い職場には優秀な人が多い可能性はありますが、必ずしもそうではありません。仕事ができない人でも生産性の高い職場にいれば、それだけで高給を受け取ることができます。

ただし、いくら仕事の生産性を上げようとも(仕事を拡張しようとも)、給料の増加幅には限界があります。それは事業リスクを取らずに、固定給を受け取る労働者という立場が作る天井です。

どうせ働くならなるべく給料の高い会社がいい。そりゃ誰しもそう思うでしょ。ネットで会社の年収を調べるなんて当たり前の時代ですが、自分の仕事がどれだけ拡張可能かという視点で考えることも必要だと思います。お金は社会に与えた価値を表していますから。そうすると、どうしても大企業が優位になります。就活で大企業が人気になるのは当然。仕事を拡張しやすく、結果としてもらえる給料も多いから。別に給料だけで仕事を選ぶわけではないですが。

ただ、会社を通していくら仕事を拡張しても、給料はそれほどは拡張しません。世の中そういう仕組みだから仕方ないです。仕事の拡張度合いに応じて収入も増やしたいなら、自分でリスクを取ってビジネスするしかありません。あるいは投資か。投資は金額を増やせばその分リターンの絶対額も増えますから。