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大人になってよかったかな、、

      2018/09/17

Nintendo Switchのマリオカート8DXが面白すぎて止められなくて困ってます(笑)。レート23,000まで行きました!レートとか言われてもわからないかと思いますが、、すみません個人的な話で。

マリカーの何が楽しいってオンライン対戦です。
世界中のプレイヤーとネットで対戦できます。

僕が子どもだった頃は、クラスで仲の良い友達同士数人で集まって一緒にゲームするだけでした。狭い世界です。同時プレーも4人まで。

それが今は、日本中どころか世界中のプレイヤーと対戦できます。今日はオランダ、アメリカ、ドイツ、ブラジルの方と対戦してたんですが、オランダ人の方が上手すぎて負けてばっかりでした。

かつては一人暮らしの社会人がゲームするなら、必然的に単独プレーになっていたでしょうが、今の時代は私みたいに身近にゲームする人がいなくても、ネット上にいくらでも対戦相手がいます。凄い時代や。

コンピューター対戦よりも対人戦の方が100倍白熱します。オンライン対戦機能がなければ、ここまでマリカーに熱中することもなかったと思います。ちょっとやって飽きてポイっとしてたはずです。それがもう、、300時間はやっているかと。

めっちゃ楽しいオンライン対戦なんですが、9月19日から有料化になるんです。マリカーに限らず、スイッチでオンライン機能を使いたいならお金を払う必要があります。月額300円、年間一括払いなら2400円です。

うまい戦略やな~と思います。さすが任天堂。マリカーやスプラトゥーンなど、これだけユーザーが増えて盛り上がってしまったら、大半のユーザーはお金を払うだろうなと想像します。だってオンライン使えなかったら、スイッチの楽しさ半減どころじゃないですから。

ただ、子どもたちは大丈夫なんかな?って余計なお世話かもしれませんが、ちょっと心配です。親から反対される子もいる気がします。

月300円って小中学生にとっては安くはないですよね。自分が小学生だった頃の金銭感覚を思い出すと、300円は大金でした。週に1回ダイエーのゲームセンターに連れていってもらってましたが、そこで親から貰えるのは100円だけ。100円でコインが11枚もらえて、そのコインが無くなったら終わり。どんだけおねだりしても、追加でもう100円もらえることはありませんでした。

300円はゲーセン3回分ですから、当時の僕にとってはきっと大金だったと思います。月300円払って欲しいって親に言っても、多分契約してくれなかったと思います。そんな気がします。

「これを機にゲーム止めさせよう!」って考える親御さんもいるかも。ちょっと前に、今のリアルなゲームより昔のスーファミの方が楽しかったよ的な記事をブログで書いた記憶があるのですが、発言を訂正しますw。やっぱ今のゲームの方が遥かにおもろいです。コンテンツ自体もレベルも上がっていますが、何よりオンライン対戦に中毒性があります。お酒と一緒でゲームも、子どもに対しては何らかの規制が必要かもしれません。

子どもたちは大変だろうな~って思います。こんな面白いゲームの誘惑と闘いながら勉強しなきゃいけなわけでしょ。しかも、友達とはLINEやフェイスブックを通じて24時間繋がっているわけですよね。想像するだけでしんどいです・・。

昭和生まれでよかった・・。僕はクラスに馴染むのに時間がかかる子でした。LINEで仲良く素早くコミュニケーション取れる自信なんてありません。しかもLINEって「既読」とか付くじゃないですか。あんな機能面倒くさいこと限りないっす・・。高校生の時くらいから携帯メールが普及しましたが、あれも正直ちょっと苦手でした。

あ、で、スイッチ有料化の話なんですが、月300円なんて今の自分なら余裕で払えます。でも、契約するかどうか悩んでいます。これを機にマリカーとスパッとお別れするのもありかな~と。。止めるなら今しかないかなと。

 

大人になってよかったです。何も考えず無邪気に遊んでいた子ども時代は、あれはあれで楽しかったですが、子どもの頃に戻りたいとは思いません。学校では先生の、家では親の指示に従わないかんし、お金も自由に使えない。今考えたら不自由極まりない。

今は社会人になって一人暮らしなんで、何をするのもどうお金を使うのもすべて自由です。仕事はちゃんとしてますが、基本的に自由にふらふら生活してます。

自由には責任が伴うとはよく言ったもので、自由にお金を使えるし、自由にゲームもできますが、その反面誰も止めてくれません。「もうゲーム止めなさい!」と口うるさく言ってくる親もいません。自分の人生どう生きようと勝手ですが、その結果どうなろうとぜんぶ自己責任。

「読書と旅こそが人生をおもしろく、奥深いものにする。」とかよく言われますが、まあそうなんかもしれませんが、別にそんなの人それぞれかな~と思います。

「自分にとって何してる時が一番楽しいんだろう?」ってたまに考えます。それが自分でもよくわかってないです。マリカー一生し続けたいわけではないです、もちろん。経理の仕事も好きですが、そんなに熱中するほどハマっているわけでもありません。ブログは結構楽しくやってますね。投資も好きですよ。

自由を得るために株式投資をやってますと、そう僕は今まで何度かブログで言ってきましたし、それは本音です。ただよく考えると、すでに結構自由に生きてる気もします。子ども時代から比べれば、はるかに自由を謳歌しています。

ただ欲張りな発想かもしれませんが、自由は自由でしんどい面もあります。自由な時間に何をするか自分で考えなきゃいけないので。

子どもの頃は、「今日は何しよう?」とかほとんど考えなかったです。怒涛のように一日が終わっていく。学校の授業、クラブ活動、宿題、友達とゲーム・サッカー、疲れてばたんと寝る。こんなことを15年以上も続けていたわけです。

途中で学校システムに疑問を抱いて不登校になる方が、むしろ健全とさえ思います。何も考えず、アホみたいに遊んで勉強してきて良かったなって思う時があります。「人生とは?」「勉強の意味とは?」なんて疑問を子どもの頃に持ってしまったら、病んじゃいそうです。

どうしてもこれがやりたい!って熱中できることがないのに、時間だけ余ると結構しんどいかもなって最近思います。株式投資でアーリーリタイヤってのも昔は憧れていましたが、今はその願望はないです。リタイヤしたら、暇すぎて何していいかわからなくなりそうだからです。

子どもの頃は、生きる理由、人生の意味なんて考えなかったです。それは子どもの頃の僕がアホだったからではなく(その可能性も否定できませんがw)、子どもの頃の僕はそんなの考える余裕がないくらい忙しかったからだと思います。

大人になると色々考えるようになりました。経済的にもそこそこ余裕ができて、仕事も慣れて大体何でもわかります。まだまだ勉強中の身ではありますが、経理会計的なことで分からないことにはほぼ出くわしません。

そうやって仕事面でも経済面でも余裕を持てるようになってから、「何のために生きているんだろうか?」っていうあまり考えたくないことを考えちゃうことが多くなりました。

自分なりの死生観を持つことって大切なことかもしれませんが、本当の理想は死生観なんて考える暇もないくらい忙しい、やりたいこと熱中していることが山ほどあって、立ち止まって考える時間なんて全くない、そんな人生が理想かもなって思います。

でももう遅い。すでに考えちゃってるんだから。
何をやるのが一番楽しいかな?、どういう生き方が最後後悔しないかな?って考えます。

こんなことを考える余裕が無くなるほど、熱中できる何かが欲しいな。株式投資は楽しいですが、そんな我を忘れて熱中するほどでもないかな。長期投資ですし。

自分にとって最重要な価値観ワードは「自由」でした。
でも、もしかしたらそれは違うかもなって最近思ってきました。

本当は「不自由」極まりなかった子どもの頃のような生活をしたいのかも。どうだろ。ようわからんです。隣の芝生は青く見える現象なだけかもしれません。

 - 雑談