京セラ創業者の稲盛和夫さんのことを尊敬しています。稲盛さんの『実学』という書籍があるのですが、経理部の方にはぜひ一度読んで頂きたい名著です。
『実学』に出てきた話かは忘れちゃったんですが、稲盛さんのこんなエピソードを読んだ記憶があります。まだ稲盛さんが京セラを創業したばかりの頃、スタートアップだった頃の話です。若手従業員からこんなことを言われたそうです。(一言一句合ってません。記憶を辿って書いています。)
「稲盛さん、もっと会社の福利厚生を充実させて欲しいです。こんな過酷な労働環境でこれ以上働くのはしんどいです!」
それに対して、稲盛さんはこう答えました。
「悪いが今は無理だ。うちにはそんなお金はない。君たちががんばって働いて、京セラを充実した福利厚生が整った企業にして欲しい。」
僕がこんなこと言われたら「んなにサラリーマン業にコミットできね~よ」と思っちゃいそうです・・。
京セラは今や売上高1.6兆円、時価総額2.5兆円で日本を代表する企業の一つです。直近の有価証券報告書によると平均年収は約700万円です。京セラの内情を知っているわけではありませんが、この規模の会社ですからきっと福利厚生は整っていることだと思います。
京セラは1959年創業。上のやり取りで登場した従業員の方はもう京セラにはいないでしょうが、有言実行、京セラを充実した福利厚生が整った企業にまで成長させました。
当たり前ですが、無い袖は振れません。どれだけ経営者が誠実で思いやりのある人であっても、創業間もない状態でキャッシュがなければ福利厚生制度なんて作れるはずがありません。がんばって働いてくれる従業員に報いたい気持ちがあったとしても、余剰資金の大半はビジネス拡大に回す必要があります。
日本は人口も減って経済成長は弱く、格差も進んでいると言われます。ネットカフェ難民や非正規雇用の問題もあります。立場によって自分の経済的な状況に関する不平不満は色々とあるでしょうが、総体として日本人が豊かな生活ができているのは間違いない事実です。ネットカフェだって、1950年代の企業の社員寮よりマシなんじゃないでしょうか。
そうした豊かな環境は、稲盛さんのエピソードに出てきた頃の昔の日本人が一生懸命働いて、富を蓄積してくれたからこそです。人としての好き嫌いは置いておいて、僕は自分より上の世代に対しては感謝・尊敬の気持ちを持っています。
そういえば、私が働いている某メーカーも昔は超ブラック企業だったそうですw。部長や役員の方がよくそんな話をしてくれます。「お前らはいい時代にうちに入社したな~。俺が入社した頃は、鬱で休職するか死ぬかのどっちかやったぞ。ガハハハッ」って冗談なしに言ってます。
今では残業も少なく(経理は残業多いけど!)、風通しの良い職場環境でホワイト企業です。ホワイト企業で働けて感謝しています。経理は労働時間は長いけど、あまり心的ストレスは感じることなく働けています。これはホントに有り難いことです。僕は前職の監査法人の職場が精神的に辛くて逃げるように転職したので、暖かく受け入れてくれた今の会社にはとても感謝してます。
ブラック企業時代に今の会社に転職していたら、たぶん病んでまた退職してそうです。鈍感であまりクヨクヨ悩まない性格だと自己分析していたのですが、実は結構メンタル弱いかもって最近思います。
結局すべては「過去の遺産」です。自分が頑張って努力して勉強したおかげで、今の職業を獲得し相応の所得を頂けているとは思ってません。もちろん、そこそこお勉強して努力してきた自負はありますが、そんなちっぽけな自分の20年程度の努力よりも、戦後70年以上に及ぶ先人の方々の努力によって、今の自分の職場環境、生活水準があると思ってます。
はじめまして。
私は以前、京セラで働いていました。
所属事業本部は秘密ですが、研究開発部門で裁量労働制適用でした。
ブラックの定義が分かりませんが、私は月残業時間200時間越え。
裁量制度により30時間分しかもらってませんでした。
それなのに、毎日誰かが毎朝怒鳴られていました。
「給料泥棒---!」と。
京セラは携帯部門などBtoCの部門もありますが、
部品を扱うBtoBの部門も多いです。
大手からは基本「もっと安くしねーと買わねーぞ!」と言われ、
営業は自腹でキャバクラ接待して顧客にグーパンチで殴られ、
開発はさらなる下請けに無理な値下げ要求をして、
下請けの営業が首を吊ることもありました。
もちろん転職もあり、私は東京から鹿児島へ、その3日後には
3週間アメリカ、テネシー州の顧客に一人頭を下げに行きました。
もちろん転勤3日目なんで、私が関係していない仕事でした。
転居して3週間、家族放置です。
そんな毎日を送る中、私は若手ですが機会があって神様である稲盛会長に言いました。
「仕事を好きになるってどうすればいいんですか!」と。魂の叫びでした。
稲盛会長は仕事を好きになれ、とよく言っていたからです。こんな毎日で好きになれるかよ!
とみんな思っていたと思います。だから言いました。
稲盛会長はなんて仰ったと思いますか?
私は5年目で約750万円の年収を貰っていましたが、
今は転職し、年収500万円の公務員です。
今は割と幸せで、生活が充実していると思います。
シーゲル教授と広瀬隆雄氏の著書に出会い、
米国株投資も始めました。
あなたのブログもとても参考になり、
大変お世話になっています。
私もブログを始めまして、
株と副収入でお金持ちになろうとしてます(笑)
まだ、駆け出しでご紹介が恥ずかしいですが。
これからも参考にさせていただきますので、
頑張ってください!
稲盛会長がなんていったか、
もし気になるようでしたら
当ててみてください。
はじめまして。
まさか京セラにいらっしゃった方からコメント頂けるとは思わず驚きました。
内情を教えて下さりありがとうございます。
仕事に対する価値観は人それぞれでしょうが、残業月200時間は一般的にいってブラックだと思います。
決算忙しい時で「ああもう限界」って思う時でも月120時間くらいでした。200時間ってほとんど寝てないってことですよね。
ちょっと信じがたいです。
社内でも部署によって風土は違うでしょうが、ケンタロウスさんはかなり厳しい労働環境だったのですね。
ただ5年目で750万円はさすがの高収入ですね。
安定した労働環境で年収500万円、残業月200時間で年収750万円、これなら私も前者を選ぶと思います。
株式投資の世界を知ると100万円、200万円程度の年収差はどうでもよくなります。
複利の力を借りれば、それくらい株価の誤差の範囲くらいにさえなる可能性もあります。
厳しい労働環境にいると、より一層株式投資のありがたみを感じる気がします。
というか最初から満足できるホワイト企業にいたら、株式投資の必要性にも気付かなさそうです。
私は最初の監査法人で仕事が嫌になったことが、株を頑張る原動力になりました。怪我の功名です。
不労収入を得て最終的には”Fuck you money”を得たいという秘めたる思いがありました。
今はそんな思いは無くなりましたが、いつでも仕事辞めようと思えば辞めれるくらいの経済力を付けたい気持ちはあります。
株式投資は労働者を救ってくれますよね。
稲盛さんの回答は想像もつきませんね~。
「仕事を好きになる必要なんてないんだよ!とにかくやれ!」とかですかw。
稲盛名誉会長から頂いたお言葉は、
「仕事を好きになるためには、
まず仕事を好きになろうと思わなければいけませんなあ。」
でした。
松下幸之助さんも同じようなこと言ってましたね。
そうやって仕事に捧げてこられたのかもしれませんね。
そういう人達が頑張ってきたから
日本が発展し、今は後退中なのかもしれません。
でも私にはできませんでした。
ちなみに土日もほぼ仕事でしたよ。
ご返信ありがとうございます。
仕事に対する姿勢だけじゃなく立場的なものもあると思います。
自ら起業して会社を牽引するのと、一労働者として雇われて給料をもらう立場でいるのとでは、仕事に対するコミットの程度に差が出て当然です。
数字を扱うのは好きで経理の仕事はそれなりに楽しくやっていますが、土日まで自ら働こうとは思えません。
それが普通だと思います。
仕事はお金を得る手段に過ぎないと割り切る価値観も世の中的には普通ですし。
さすが稲盛さんのお言葉ですね。
稲盛さんの会計哲学には共感するところが多かったです。
真似はできませんが。
ブラック企業(中小零細協力会社、下請け、孫請け)を踏み台にしないと
日本ではホワイト企業は成り立たない。
忘れましたが本かネットの記事で読んだ記憶があります。
これ、全否定できないな~と個人的には思います。
過酷な条件をどこかの企業や労働者に押し付けることで押し付けた側(企業や社員)が
ホワイトな待遇を手にしてると思います。
これも資本主義の仕組みなのかもしれません。
交渉力の強い企業が無理な要求をしている面は資本主義には必ずあるでしょうね。
それもビジネス上の競争だと言ってしまえばそれまでですが、人権を無視するようなことは許されず法律での介入が必要です。
日本では下請法などで交渉力弱者を保護する法律がありますが、100%機能しているかはわかりません。
あと、この記事で書いたように時間軸で見ても同じことが言えます。
昔の人の過酷なブラック労働(本人はそう思ってなかったかもしれませんが)があって、現代の相対的にホワイトな環境があります。
人口減だし下り坂を生きればいい、経済成長は不要、という意見もありますが、お金を稼がないとブラックな労働環境は増える一方だと思います。
「衣食足りて礼節を知る」とも言いますし。
はじめまして。
小生も以前京セラで働いていました。
部品関係の営業部門で課長職でした。
ブラックと言われるが今ほど情報が飛交う状況ではありませんでしたが、月残業時間最低でも150時間位でした。
土曜日は必ず会社に出て、会議のプレゼン資料の収集と作成などなどに追われていました。
前月より目玉になる成果がないと本当に苦しい分けです。
営業は、先の開発部門の方とはまた違い、兎に角右肩上がりの時代だったので受注確保がもの凄かった。
つまり、売上げは製造部門に全責任が課せられ、営業は受注確保優先、確かに正しい。
しかし、他社と違うのは、末日の17時までにほぼ1ヶ月分の受注を販売システムに入力する過当競争状態、営業アシスタントまで目が血走っている物凄さだった。
顧客も京セラのこの毎月末の状況を知っているから、お客と旨くやっている営業マンは既に注文書をもらう約束ができているが、そういう関係にない若手営業マンは針のむしろ状態である。リーダーの上にいる部長や時に社長は、そんな営業担当者に向って『おい、とっととお客に飛べや!注文書もらってこいや』『何にぼやぼやしてんや!お前、給料返上やで。分ってんか!』と、これでもかと罵声を浴びせ広い部屋に響き渡る。
その後、小生は転職したが、若手営業担当が自殺したと後に耳にした。
稲盛会長の書籍は、管理職はほぼ毎月購入義務だったが、実に良い内容だし、それなりに参考になるのは確かである。
しかし、会社の仕事現場を知るものとしては、表と裏という書かれた綺麗事と現場の現実とに乖離が月とすっぽんほどあったことに呆れる。
この理想郷のような内容(=利他の心で物事に取組んでいるかどうか自問自答する)も、現場では怒号と人格を貶す方法で、失敗したり、できないと躊躇したりする相手を脅迫し、特に弱い性格で会社以外に話せる相手がいない様な弱者は、自分は無能だと意識させることになり、鬱状態に陥ることになる。これが実態だった。
小生も、京セラを辞めて本当によかったと思っている。
その後、辞めた同僚からも連絡があったが、『これ以上京セラにいたら、人間性がもう駄目になる』からと打明けてくれた。
今は恐ろしいオカルトの呪縛から解放され素晴しい自分に戻れて満足な毎日を送れている。
まともな人格では京セラではサラリーマン生活は困難であろう、特に中途採用者は大変な目に遭うことになるであろうと今でも懸念する。
少しでも、こうした本当のことが告白できるにはそれなりの時間と覚悟が要るが、こうした機会をここで得たのは幸せの今があるからです。
はじめまして。
元京セラの方お二人ものコメントを頂けるとは思っておらず、驚いています。
まるでうちの会社のかつての姿のようですね。
私は勤めている某メーカーも昔は、そのような怒号が飛び営業目標がめちゃくちゃ厳しい企業だったと今の役員達から聞きます。
売上は製造部門が責任を負うってちょっと奇妙な感じですね。
稲盛さんにとってはそれくらいの厳しさで仕事をするのは当然かもしれませんが、創業者メンバーではない大半の人はその価値観・働き方に共感は普通できません。
会社はトップがすべてと言います。
聞いている限りかなりブラックの雰囲気を感じますが(今は違うのかもしれませんが)、それはひとえにトップである稲盛さんの影響でしょうね。
稲盛さんもいずれは名誉会長の座から退くでしょうから、組織が変わるとしたらそこからですね。
私の会社もトップが変わってから、組織風土がガラッと変わったそうです。そこから業績の拡大が始まったと聞いています。
私は会社がだいぶ大きくなってから入社したので、当時のことは詳しくわかりませんが。
勇気を持って情報をご提供してくださり、ありがとうございました。
昔はブラックだった、のではなく今もブラックですね。
フィロソフィを利用したパワハラの巣窟です。
ここにちょっと書かせて頂きました。
http://blog.livedoor.jp/evilcorporation/
そうなのですね。。
外からはなかなかわからない情報です。
稲盛さんの会計に関する書籍には大変勉強させて頂きました。