企業の不正は内部通報がきっかけで発覚することが多いです。2007年の船場吉兆の食品偽装は保健所への内部告発がきっかけで発覚しました。2008年の三菱自動車のリコール隠しは運輸省への匿名電話がきっかけで明るみに出ました。最近では東レがネットへの書き込みに対処するため、自ら不祥事を公開しました。

やはり、外部からじゃ企業の不正はなかなか分かりませんね。会計士として企業の会計監査に携わってきましたが、監査人が企業の業務上の不正を発見するのはかなり困難です。まあ、そもそも会計士は会計帳簿が正しいかどうかチェックしているのであって、企業の不祥事の有無を調査しているわけじゃないですがね。少なくとも、私が監査法人に勤務していた3年間に監査の過程で企業の不祥事が明るみになったことはありませんでした。

普段から組織内部にいる身内から情報が漏れて不正が発覚するケースが多いです。内部告発です。ただ、この内部告発はかなりハイリスクです。正義感だけで内部告発しちゃって権力でもみ消されたら、社内での立場が無くなるかもしれないし、最悪クビされるリスクもあります。倫理観、道徳意識、正義感だけを頼りに内部告発制度が機能するとは思えません。

日本には「公益通報者保護法」という法律があって、内部告発者を不当に扱っていはいけないと定めた法律はありますが、実効性は疑わしいです。日本では内部告発をきっかけに大企業の不祥事がしばしば明るみに出ますが、まだまだ氷山の一角だと思われます。

そんな内部告発がもっとも盛んなのはアメリカです。2012年に内部告発制度が成立してから、実に49人もの内部通報者が現れました。この49人は実際に経済的意義のある内部通報を行ったと認定された人だけの人数です。

アメリカで内部告発が多い理由、それはズバリです。カネですカネ。アメリカでは財務的救済に寄与したと認定された内部通報者に対して支払われる報酬金額が半端ない額です。

2012年以降で49人の内部通報者があったと言いましたが、この49人にSEC(証券取引員会)から支払われた報酬総額は何と1.7億ドル(約190億円)です。単純に49人で割ると一人当たり報酬額は3.5百万ドル(約4億円)です・・。

4億円!!

サマージャンボ宝くじで一等当たるようなもんです。ちなみに宝くじで一等が当たる確率は1000万分の1です。ちょっと不謹慎な例かもしれませんが、飛行機が墜落するよりも宝くじで一等が当たることの方が珍しいことです。

4億円あれば一生食っていけます。仕事辞めて悠悠自適に暮らしていけますね。4億円でバンガードVYMでも買えば、それだけで年間分配金は1,200万円です。そんな途方もない金額がアメリカの内部通報者には支払われています。この強い金銭インセンティブがアメリカの内部通報制度を実効性あるものにしています。

果たして、49人に総額で1.7億ドルもの報酬はやり過ぎなのでしょうか?
いくらなんでも、払い過ぎではないのでしょうか?

いえいえ、そんなことはないのです。

SECによると、2012年からの内部通報によって10億ドル(約1100億円)以上の投資家ないし消費者の財産が守られたというのです。10億ドルの財務的恩恵があるならば、1.7億ドルの内部通報報酬も決して高くはないということです。

この辺がアメリカらしい発想ですね。一人当たりにしては高過ぎるという発想ではなく、価値に応じて金銭を払う。良いか悪いかは別にして、アメリカらしい報酬の決定方法だなと感じます。社会に価値をもたらした人は、相応のコストで報いるという姿勢です。

米国のCEO報酬は日本のそれより一桁違いますよね。インセンティブ報酬も加味すると米国CEOの平均年間報酬は約13.1億円で、日本CEOの年間報酬は1.4億円です。10倍近い格差があります。ちなみに、うちの会社は日本本社のCEOよりも、米国子会社のCEOの方が報酬が高いです。。

CEO一人に10億円もの仕事の価値があるのかという疑問を持たれる方も多いですが、明確に定量化はできませんが、時価総額ウン兆円企業のCEOとなれば、その手腕に10億円程度の報酬が支払われることに私は特に違和感はありません。経営を委託している株主からすれば、10億円もの大金を払っても、きちんと株主価値を向上されてくれるならそれは大歓迎です。報酬を1億円に抑えて下手な経営されるよりよほどマシです。アメリカはCEO職の転職市場が確立している点も報酬吊り上げの一因かもしれません。

えーと、内部通報の話ですね。そうそう、内部通報によって社会にもたらした価値が億単位なら、内部通報者にはきちんとそれに見合った億単位の報奨金が払われるのがアメリカ文化です。

こういった実効性のある内部通報制度があることも、米国株の魅力の一つです。

いやまあ、内部通報制度が緩い方が企業が超過利益を稼げるというせこい考えもあります。消費者を騙して低品質な肉を国内産黒毛和牛と偽って高値で売れれば、短期的には高い利益を得られるかもしれません。でも、そんなのは真っ当なビジネスではないし不誠実だし、そんな嘘はどうせいずれバレます。どこかでボロが出るもんです。

私たちは30年、40年と長期的に株式を保有することを想定しています。30年間もの長きに亘ってお金を預け入れる先は誠実な企業に限ります。真面目に顧客価値を追求することは短期的にはコストが掛かることもしれませんが、コストを掛けて築いた顧客との信頼が長期的に見れば大きな株主価値となります。

誠実な企業、公正なマーケットとか言うけれど、経営者はどうしても投資期間の途中で変わってしまうし、誰が経営者になるか私たちは選べません。経営者の誠実性を信じることはもちろん大事なんですが、透明性のある企業経営が担保される仕組みがある方がベターです。高い報酬に裏付けられた内部通報制度はその仕組みの一つです。

しかもね、私たち日本人投資家は高額な内部通報報酬を負担していません。負担しているのは米国の納税者です。日本人米国株投資家はフリーランチ食ってますよ。