最近日本企業の株主として勢力を拡大しているのは何でしょうか?
それは言うまでもない、日銀ですね。日銀は2016年7月にETFの年間買入額を3兆円から6兆円に増額させましたし、今後より一層多くの企業の株主として登場してくると予想されます。ヤマハ、カシオ計算機、ファナック、テルモ、京セラ、ダイキン工業の上位株主は日銀です。中には筆頭株主が日銀の企業もあるくらいです。
さて、この日銀という特殊な存在を忘れるとして、日本企業の株主として圧倒的な割合を占めているのが外国人投資家です。日本企業の株主のうち海外投資家の比率は3割を超えています。
外国人投資家が買い越しか、売り越しかで日本株市場の温度が変わります。
上場企業は株主を選べません。それが上場するということです。
経営者は株を保有してくれている株主の利益を守り、またその価値を向上させる責務があります。なぜなら経営者とは高額な報酬と引き換えに株主から経営を委託されている存在だからです。
多数いる株主と経営者が直接話し合うことは、よほどの大株主でない限り困難です。これは経営者を困らせることになります。お金を預けてくれている株主と直接会話することができないため、株主が自分にどれほどの資本リターンを求めているのかわからないということです。
そこでファイナンス論が登場します。
ファイナンス論では株主資本コスト(株主の要求利回り)を以下のように定義します。
株主資本コスト=リスクフリーレート + β×株式リスクプレミアム
リスクフリーレートとは実務的には10年国債利回りを使用することが多いと思います。
最近の日本国債10年の利回りは0%強です。日銀が金利操作付しています。
アメリカの10年国債利回りは最近はトランプ相場で上昇して2.3%ほどです。
突然の質問 from 後輩女子
今日、後ろの席に座っている財務部2年目の後輩からこんな質問されました。
(なんで経理部の僕に質問するんだ!?)
「Hiroさんちょっと質問があるんですけど、うちは日本企業ですけど大株主は外国人じゃないですか~。そうであればうちの会社の株主資本コストを計算する時のリスクフリーレートって、海外(アメリカ)を前提とすべきですか?、それとも日本を前提にしていいんですか?」
「は~、どういうこと??」
「日本を前提に計算するとリスクフリー(10年国債利回り)がほぼゼロだから株主資本コストは5%くらいになるんすけど、アメリカを前提に計算するとリスクフリーが2%程なんで株主資本コストは7%になるんです。うちのWACCを計算する時ってどっちを使う方が正しいんですか??」
「・・・」(~_~メ)
(こんな難しい質問急に振ってくるなよ。。)
「ちょっと考えさせて・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・、・・・、💡!」
10分ほど考えて僕は答えました!
「日本を前提に5%で計算すればいいよ!、アメリカの2%は為替で調整されるだけやろ」
皆さん、どう思いますか?
自分の考えが正しいか100%の自信はありませんが、そう考えた経緯を書きます。
僕の回答 to 後輩女子
株式リスクプレミアムを日米共通で5%として、βを簡便的に1とします。日米のリスクフリーレートはそれぞれ0%、2%だと仮定します。
項目 | 日本 | 米国 |
リスクフリーレート | 0% | 2% |
株式リスクプレミアム | 5% | 5% |
β | 1 | 1 |
そうすると、日米の株主資本コストはこうなります。
日本:0% + 5% =5%
米国:2% + 5% =7%
株主資本コストとは株主が企業に求めている投資リターンです。ということは米国投資家が多い企業は不利なのでしょうか?
だって米国人の方が、日本人よりも要求リターンが2%も多いではありませんか。
でも、この差はリスクプレミアムの差ではなく国債利回り(リスクフリーレート)の差から生じているものですよ。偶然今はアメリカの方が国債利回りが高いわけですが、だからといってアメリカ人投資家には2%も追加で投資リターンを提供する責務が日本企業の経営者にはあるのでしょうか?
確かに日本人投資家の要求リターンは5%で、アメリカ人のそれは7%です。計算上は確かにそうなります。
ただ、アメリカ人投資家が日本人投資家よりも2%高いリターンを要求するのは、リスクフリー(国債)でも2%のリターンがあるんだからリスク資産ではそれにプレミアム5%上乗せした7%は欲しいということです。
これを馬鹿正直に捉えると、日本企業経営者としては堪ったものではないですよね。国債利回りが高い国の株主が多いと、自分たちが達成しなくてはならないハードルレート(資本コスト)も上がるのか?ってことになります。
僕の結論は上述しましたが、日本企業であれば例え外国人投資家がいたとしても日本国債のリスクフリーレートを前提に資本コストを計算すればよいというものです。本ケースで言えばたとえ米国人投資家がいたとしても株主資本コストは5%で考えればよいと思います。
なぜいいのか?
なぜアメリカ人投資家は7%のリターンを要求しているに、日本企業は5%の資本リターンを達成すればよいのか?
それは、アメリカ人投資家が要求している7%のリターンのうち2%部分は為替差益のはずだからです。
円貨ベースの株式リターン5%+為替差益(ドル安円高)2%、これで正真正銘7%のリターンをアメリカ人投資家は得ることができ満足ですね!
なぜ2%部分は為替差益なのか?
それは米国の方が国債利回りが(金利が)高いということは、基本的には米国の方がインフレ率が高いということだからです。米国の方がインフレ率が高いということは、理論的にはその分ドルの価値は減価しているはずなのでドル安になります。あくまで理論的な話ですが。
そして、これは何を意味するのか?
それはアメリカ人投資家は表面的には7%のリターンを要求しているように見えますが、実質リターンとしての要求は5%だということです。
年間7%の名目リターンを得てもインフレが2%進めば、結局実質リターンは5%(7%-2%)になりますね。
つまり、実は日本人投資家もアメリカ人投資家も実質ベースでの要求リターンは同じだということです。
(株式リスクプレミアムが等しいことが前提です。)
ただ、この僕の考えには大きな欠点があると自覚しています。
それは為替はそんな理論的に動かないということです。
アメリカの期待インフレ率の方が日本のそれより2%高いとして、年間でドルが円に対して2%安くなるなんてそんな教科書通りに為替相場が動くはずありませんね。
だから、アメリカ人投資家が短期投資家であればあるほど要求リターン7%の確度は為替リスクに左右されて、達成困難になる気がします。
でも、それは為替リスクをとっているアメリカ人投資家の判断なのであって、日本企業の経営者としてはアメリカ人投資家の為替リスクなんて知ったことではありません。
上記ケースでは日本企業の経営者は5%の資本リターンを達成すれば、経営責任は果たしていると言えると思います。
ところで、私が勤めている会社ではアメリカを前提とした株主資本コスト(本ケースでは7%)を採用しています。
それは保守的という意味では良いかなと思いましたが、理論的ではないとも思いました。
為替は理論通りに動かないし、外国人投資家を満足させるために高めの資本コストを設定することは悪くもないかもしれません。
しかし、無駄に高いハードルレートを設定することで本来実行すべき投資を止めてしまうリスクもあります。それは株主利益にマイナスです。
余談ですが、最近読んだ某書籍によると外国人投資家が日本株に要求する株主資本コストの平均値は7.6%だそうです。
株主資本コストって実務的にはどうやって計算してるんですか?
株式リスクプレミアムは実績ベースならマイナスになる場合もありますよね。
自社のβとかも計算して、株主資本コストの計算に織り込んでるんでしょうか。
あと、ベースであるCAPM自体は大分前から否定派が優勢になっていますが、
そこらへんの考えとかも気になります。まぁ、後進はCAPMの発展系が多いですが。
株主資本コストは実務上も教科書通りCAPMを使って算出しております。
株式リスクプレミアムやβといった変数はゴールドマンサックスが提供してくれている情報を使っています。
弊社は景気に左右されないビジネスの会社なのですが、ゴールドマンが提示する要素で計算すると結構高い株主資本コストになって「ホントにこれでいいのかな?」と思うこともあります。まあ楽観的に投資判断するよりかは、保守的な方がいいとは思っておりますが。
はい、おっしゃる通りCAPMも完ぺきではないためCAPMに代替する株主資本コスト算出方法は複数考案されております。
ただし、その算出方法が非常に学術専門的過ぎて実務的に使用できないと以前某大学教授から教わりました。
今のところ、実務的に利用可能な算出方法としてCAPMを超えるものはないようです。
回答ありがとうございました。
GSの中の人がどうやってリスクプレミアムを計算しているのか気になりますね。
まぁ、単に数十年の平均リターンですって言われる気もしますけど。
そうですね、社内では「まあGSが言うならそれに従うしかないよね」くらいな感覚だと思います。
割引率は数bp変えるだけで投資PJのNPVが大きく変わるので、悩ましいところです。