なぜコングロマリット・ディスカウントは起こるのか?

コングロマリット・ディスカウントという言葉があります。多種多様な事業を抱えている企業は、その本源的価値よりも低い価格でマーケットで評価されてしまう事象です。

A事業価値:50億円
B事業価値:30億円
C事業価値:20億円
D事業価値:10億円
E事業価値:10億円

こんな5つの事業を持つ企業Zがあったとします。この5事業の価値を単純合算すると120億円です。ちなみに、こういう評価方法をサム・オブ・ザ・パーツ法(SOTP法)と言います。

SOTP法に基づくと120億円の価値がある企業Zの株式が、マーケットで80億円と評価されていたとします。差額の40億円はコングロマリット・ディスカウント相当と言えます。

単純に言うとこんな話ですね。

なぜこのようなディスカウントが起きるのか?

一つは経営資源の最適な配分が難しいことがあげられます。経営者もすべての事業に目を配ることが難しく、ガバナンスが効きづらいところがあります。

投資家はそのような内部事情を外から把握することができず、企業価値を慎重に保守的に評価する結果、一定のディスカウントが起きると思われます。

さて、コングロマリットディスカウントが起こる要因として別の視点を考えてみたいと思います。

それは投資家は証券を容易に分散ないし集中できるけど、実業を営んでいる経営者はおいそれと事業ポートフォリオを入れ替えることはできないという点です。

数年前、サードポイントはソニー株を取得して「半導体事業をスピンアウトすべき」と主張しました。ゲームなどの娯楽事業とのシナジーが薄いからです。結局、実現しませんでしたが。

このように投資家はすぐにシナジーが薄い事業をスピンアウトするよう求めがちです。自分たち投資家は容易に証券を分散できるから、投資企業にはなるべくシンプルな事業体であって欲しいと考えるのだと思います。

ここに投資家と経営者の利害というか環境の不一致があります。ペーパーアセットを持つ投資家は、いろんな事業に簡単に分散投資できます。いろんな企業の株をマーケットで買えばいいだけですから。

でも、経営者はそういうわけにいきません。一つの事業をスピンアウトするのだって、関連する従業員などに十分な説明をする必要があります。一部社員をリストラする場合は、補償を考える必要があるし、何より今まで頑張ってくれた従業員にリストラを告げるのは精神的に大きな負担です。

投資家にとって、企業がシナジーの期待できない複数事業を保有する意義は小さいです。むしろ有害なことすらあります。

なぜなら、投資家自身が別の証券を持つことで容易に分散できるからです。「自分で分散するから、君たち勝手に色んな事業を持たないでくれ」って考えるわけです。

非常に投資家都合の発想ではありますが、こういった投資家と企業の利害対立が存在するのは仕方ないことです。

なので、本質的に投資家はコングロマリットを嫌うところがあります。それもコングロマリットディスカウントの一因だと思います。

労働者は一切リソースを分散できない

投資家は簡単に事業の分散、集中を切り替えることができるけど、経営者にはそれが難しいと言いました。

労働者はさらに難しいです。てか不可能です。

労働者は自分の労働力というリソースを複数に分散することはできません。分散も集中もありません。身は一つですから。

同じ時間軸の中であれば、決めた1社に集中投資せざるを得ません。ちょっとした副業はできても、法的に従業員として所属できるのは1社のみです。

私は今の会社に転職して10年目を迎えており、そろそろ一区切りをつけて、別の業界に移るのもありかなあとぼんやり考えることがあります。経理、財務という職業は変えるつもりありませんが。

仮に転職するとしても、何となくで勤務先を決めることはできません。業界の将来性、社風、利益率などみっちり調べてから行動します。

労働力は株式みたいに分散できません。自分が決めた1社への集中投資になります。しかも、間違えたと思っても、簡単に別の会社に移れるわけでもないです。

中長期で集中投資するわけだから、その対象はよーく考えないといけません。何となく上がりそうだからアップル株買ってみよう、ってなノリで行くわけにはいきません。

分散できるありがたさ

成功する投資家は集中投資と言われます。確かに、バフェットなど一流の投資家は集中投資で財を成しています。

しかし、投資の基本は分散だと思います。リソースをここまで簡単に分散できるのは、金融投資くらいです。しかも米株は流動性が高いので、金融投資の中でも売買が容易です。

せっかく分散できるんだから、その恩恵をありがたく享受して、しっかり分散した方がいいというのが私の意見です。個別銘柄なら10と言わず20、30持てばいいし、より安全なのは指数を買うことですね。

経営者も労働者もリソースの移動は困難な作業です。

こんなに簡単にリソースを分散、移動させることができるのは、投資家の特権だと思います。