『ウォール街のランダムウォーカー』というインデックス投資の名著があります。
この書籍の名称にもある通り、株価の動きはランダムウォークだと言われます。株価が上がるか下がるかは五分五分であり、その動きは予測不能ででたらめだという理論です。
フランスのバシュエリという数学者が1900年頃に論文で提唱したのが最初でした。しかし、彼の功績は存命中に認められることはありませんでした。ゴッホみたいな人ですね。ランダムウォーク理論が学会の世界で認められるのは1950年代になってからでした。ハリー・マーコウィッツの現代ポートフォリオ理論の確立によって、株価の動きはランダムで説明できないものという理解が世の中に浸透していきました。
株価の動きはブラウン運動に例えられることがあります。ブラウン運動とは、液体中の微粒子が不規則に動き回る現象のことです。なぜ粒子がこんなテキトーな動きをするのか「謎」と言われていました。その現象を解明したのが1905年のアインシュタインの論文でした。不規則な動きをもたらしていたのは分子だということが分かりました。アインシュタインは分子が存在するということを証明しました。今でこそ中学生でも知っている分子ですが、20世紀初頭は分子が存在するか否かは一大科学テーマでした。
株価のランダムウォーク理論を実証したのはアインシュタインとも言えます。
株価がランダムウォークだとしたら普通は正規分布。でも実際は違う。
ランダムウォーク理論に基づいて株価が完全にテキトーで予測不能な動きをするならば、その変動は正規分布に従うと考えるのが一般的です。
正規分布とは難しそうな用語を持ちだしてすみませんが、これは一般的な確率分布です。平均に近いデータが多く、平均から離れるデータほど起こりにくいというものです。左右対象の釣鐘型の分布になります。
こんな図を見たことあるかと思います。
縦軸は発生する確率、横軸が平均からの乖離度合いを示しています。
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平均に近いほど頻繁に起こり、平均から乖離するほどレアな出来事になります。
たとえば身長なんて分かりやすいです。成人男性の平均身長は171cmです。電車の中で男性の伸長を観察すれば、恐らく171cm前後の人が最も多いはずです(ちなみに僕は173cmです)。180cm以上の人もたまに見かけるでしょう。190cm以上となると滅多に出会いません。2メートル以上の身長の方は、、私は今まで出会ったことありません。
このように正規分布を取る場合、平均から大きく乖離するデータはほとんど見られません。なので無視することもあります。たとえば、車を製造する時に身長2メートル以上の人が運転することを想定して設計する必要があるでしょうか。確かに2メートルを超える人は存在するかもしれませんが、そこまで対応していてはコストが嵩みます。身長2メートル以上の人は統計的な異常値として考慮しないと判断することも経営判断です。
粒子のブラウン運動のように不規則に動くものは、上記の正規分布を示します。粒子が右に行くか左に行くか五分五分ですから、粒子は最初いた場所に近い位置にいる確率が高いです。稀にず~~と右に移動してしまうこともあります。コインを10回投げたら10回連続で表が出ることもたまにはありそうですよね。それと一緒です。
株価がランダムウォークだと言うなら、水中の粒子と一緒で株価も正規分布に従いそうなものです。
しかし、実際は違います。違うと言われています。株価は正規分布に近いけど、ちょっと正規分布とは異なる確率分布を描くというのが現在の一般的な解釈です。
なぜ株式相場が正規分布ではないかと言えば、まず過去の経験則としてあまりに異常値が頻発するという事実があります。正規分布ならば、1億年に1回しか発生しないレベルの異常な株価暴落が過去に何度も発生しています。2008年のリーマンショックを思い出して下さい。100年に一度の金融危機とか言われますが、仮に株価が正規分布に従うならば1億年に1回クラスの異常事態でした。そういった、過去に実際に起こった暴落暴騰から帰納的に考えると、とても株価が正規分布を取っているとは言い難いです。
株価が正規分布にならないもう一つの理由として、人間心理があります。買いは買いを呼んで株価がグングン上がることがあります。一方で、売りが売りを呼んで株価が急落することも多いです。特に最近はコンピュータによる自動売買システムもあって、一定以上株価が下がると売り注文が重なる傾向があります。また、年金基金などでは、株価がある金額を割ったら損切りするというルールを社内で設けていることもあります。
過去の株価暴落暴騰の歴史(特に暴落)と株式取引に絡む人間心理から、株価は確かにランダムウォークなんだけど、一般的な正規分布ではないと言えます。一般的な正規分布では異常値となるデータが株式相場では結構頻繁に起こります。
身長3メートルの人なんていますか?
世界中探してもそんな人いないだろうし、仮にいたら統計的には異常値と言えます。
でも、株式市場には稀に身長3メートルの巨人がいるのです。さすがに頻繁に目にすることはありませんが、10年~20年に一度くらいは目にすることがあるのです。10年~20年に一度出会う人を統計的な異常値として切り捨てていいでしょうか?
私たちは30年以上の長期投資を想定しています。10年~20年に一度身長3メートルの巨人さんに出会う可能性がそこそこあるなら、それに備えておく必要があります。
株式相場は普通の正規分布の世界ではありません。一般的な正規分布よりも横に長い確率分布です。「こんなの異常値じゃねーの!?」っていうデータがぼちぼち現れます。
何を以って異常値と判断するのか絶対の答えはありません。しかし、株式相場というものは私たちが日常生活で(無意識でしょうが)想定する確率分布とは異なる世界だということを覚えておきましょう。
リーマンショックの時、1日で10%以上S&P500が暴落した日が2日もありましたが、仮に正規分布を前提に考えればこれは完全に異常値です。普通は想定しておく必要はない異常データです。でも実際は起こってしまったのです。しかも2日も。
つまり、株式相場は正規分布じゃないのです。株価はランダムウォークだと今では皆が認めるところですが、やや上にも下にも勢い付きやすいランダムウォークなのです。株式相場を動かすのは感情ある人間ですから、それはむしろ自然なことです。感情のない粒子の動きと感情ある人間が動かす株価、両者が全く同じ動きをするわけありませんよね。
2月5日は久々の暴落でしたね。
さて、2018年2月5日の米株式相場は大荒れとなりました。ダウは4.6%の下落、S&P500も4.1%の下落となりました。下落幅としては史上最大、下落率としては2011年8月以来でした。
4.6%の下落は統計的には異常値なのでしょうか?
具体的に計算していませんが、もしかしたら正規分布の世界では異常値と言える出来事だったかもしれません。(そもそも、どこからを異常値とするのかという問題はありますが)。
ただ、先に述べましたが株式相場は一般的な正規分布に従っていません。
株式相場は変動率1%未満の日が圧倒的に多いわけですが、その平均から乖離する日も結構多くあります。
2017年は2%以上株価が上下する日が一日もないという穏やかな年でした。2017年を過ごすと、株価はまるで正規分布の世界にあるように錯覚します。
しかし有り難いことに、2月5日の株式相場は私たちに現実を思い出させてくれました。株式相場は正規分布なんていう生優しい世界ではないという現実です。
一見異常値に見える変動は決して異常値ではありません。今後も4%以上株価が変動する日は定期的に訪れるでしょう。そういうもんなんです。ブラウン運動に人間心理が加わると、時に大きな波動を生み出すことがあります。
2月5日の暴落には結構ビビった人も多いことかと思います。私も朝起きてスマホ見てぶったまげました(笑)。深夜1時くらい寝る直前に確認した時は少し下落していただけでしたから。
これくらいの暴落は普通に起こり得るものだと予め心構えしておきましょう。シャキッと身が引き締まる株価下落でしたね。