うちのCEOが先輩である前CEOに「今回の伊藤先生の『企業価値経営』は素晴らしいから君も是非読みなさい」と言われたそうで、他の役員、幹部などにも紹介しているそうです。

私は下っ端労働者なのでさして読む意味もないのですが、なんせCEOのさらに上の地位にある資本家(笑)なもので、ちょっと読んでみようと思い先日買ってみました。

日米の総還元性向の比較

序盤に日米の財務指標の比較が掲載されていて、米株投資家としては一番そこに惹きつけられました。

特に面白かったのは日米企業それぞれの総還元性向の比較です。配当性向の比較はたまに見ますが、総還元性向に着目しているデータは珍しいなあと思い。

書籍のグラフを写真にとってブログに掲載しようと思ったのですが、綺麗に取れず。書店で見かけたらよかったら立ち読みしてみてください。15ページ目です。

少し見やすく加工したうえで、自分でグラフ化してみました。

(『企業価値経営』を参考に筆者作成)

総還元性向=(配当+自社株買い) / 純利益
です。

利益のうちいくらを株主還元(配当、自社株買い)に回しているかを示した指標で、私も米国銘柄分析の中で紹介している指標です。

個人的にかなり重視している指標です。総還元性向が高い方が望ましいです。もちろん、アマゾンやテスラなど成長フェーズで無還元なのは問題ないと思っていますけども。

表を見ると日米の総還元性向は全く違いますよね。日本企業のボリュームゾーンは20%~40%です。

配当性向30%を掲げている日本企業ってなぜか多い気がしませんか?

30%という数字に何の意味があるかわかりませんが、そこそこ頑張って配当を払っているとアピールできる数字でしょうか。この30%前後にちょこっと自社株買いがオンされたりされなかったりで、総還元性向20~40%の企業が多いということでしょう。

これは納得感あります。ちなみに私が勤務している某メーカーの総還元性向も20~40%です。配当性向は30%弱で、自社株買いはほぼゼロ。

一方で、米国企業のボリュームゾーンは総還元性向100%超です。

これも自分の感覚と一致します。100社以上の米国企業の財務データを見てきましたが、還元ステージにある企業は総還元性向100%超も珍しくないです。配当性向は低いけど、その分自社株買いはたくさんやってますって企業が多いです。

特にテクノロジセクターにそういう企業が多いですかね。アップルとかビザとか。

日米の株主還元に差異が生じる理由(伊藤先生の仮説)

なぜ、日米でこれほどまでに株主還元力に差が生じるのか?

伊藤先生は『企業価値経営』の中で、以下2つの仮説を提示されています。

①不確実性への対処の違い

バブル崩壊で苦しい財務状態を経験した日本企業は、これまで親しくしていた銀行が雨が降ったら傘を取り上げることを知っている。万が一のために有利子負債はなるべく返済し(こんなに低金利でも)、潤沢な現預金を持っておきたいと考えるのではないか。

一方で、アメリカでは不確実性に対処するために積極的に事業ポートフォリオを入れ替えて、成長性の高い領域に資源を集中させることに投資家の理解がある。

なので、事業が成熟している企業には高い株主還元を求めるし、逆に事業を立て直す時のは無還元も認める風土がある。最近の具体的な事例で言うと、ディズニーが動画ストリーミング事業を興すために一時無配にしたことがありました。

②資本コストの意識の違い

アメリカの経営者は負債よりも株主資本の方がコストが高いという意識が浸透している。そのため、昨今のような低金利環境では積極的に有利子負債を調達して、それを株主還元に回すことも厭わない。

一方で、日本の経営者は企業の安定、継続性を重視するので、有利子負債をむしろ削減する傾向にある。

日米の株主還元に差異が生じる理由(Hiroの仮説)

伊藤先生の仮説は二つとも納得ではあるのですが、私は別の要因もあるかなと思っています。こちらの方が日米の総還元性向の格差を生んでいるような気がします。

ということで、私が考える日米の株主還元の格差を生んでいる要因を二つあげたいと思います。

①株式報酬の違い

一つ目は報酬です。アメリカの経営陣は株価に連動する報酬パッケージが付与されていることが大半です。

なので、自社株買いを積極的に行うインセンティブが働いています。自社株を買い戻せば発行済み株式数が減って、一株当たりの利益が高まる、つまり株価が上がるからです。

継続的な配当を行いつつ、余った金は自社株買いに使いたい、そうして自分の報酬を増やしたいという隠れた欲求を持っている経営者は多いと思います。

もちろん、それは日本も同じですが、日本のCEO報酬はアメリカほど株価に連動していないし、そもそも報酬水準が一桁違います。何としても株価を上げたいという執念、本気度に大きな差があると感じます。

②債務超過に対する規制の違い

アメリカ企業には、自社株買いによって純資産が削られた結果、純資産がマイナス(債務超過)になっている企業が散見されます。フィリップモリス、マクドナルド、スターバックスなど。

債務超過と聞くと危険なイメージを持つかもしれませんが、マクドナルドやスターバックスなどはともに事業は好調で営業キャッシュも潤沢です。業績が順調だからこその債務超過とも言えます。

アメリカの資本市場はこういうポジティブな理由で債務超過になっている企業の存在を認めています。債務超過だから上場させない、なんていう規則は存在しません。

一方で、東京証券取引所は、1年以内に債務超過を解消できなかった企業は原則上場廃止と定めています。

こういう法律の違いって結構大きいと思うんですよね。日本はたとえ資金繰りに問題がなくても、純資産がマイナスになったら原則として上場廃止なわけで、そんな環境にあってガンガン自社株買いをやろうと考えるCEO、CFOはいないと思います。

日米のCEOはともに、自分たちが置かれた環境で最善の選択をしているだけです。アメリカのCEOが日本企業のCEOに就任したら、多分さほど総還元性向を高めないはずです。そこまでして自社株買いするインセンティブがありません。

このような構造的な要因が背景にある以上、日米の総還元性向の格差はそう簡単には縮小しないと思います。リスクをとって資産を増やしたいならアメリカの資本市場にアクセスした方が良さそうです。