フィットネスクラブ大手RIZAP(ライザップ)グループが、過去に多額の「負ののれん」利益を計上していたことが最近ニュースになりました。

「負ののれん」が世間で取り上げられるのは珍しいな。せっかくなので、ブログでもちょっと取り上げようかな~と思い、PC立ち上げてスタバでカタカタしてます。気楽に聞いてもらえると嬉しいです。

 

「負ののれん」とは簿価純資産より安い金額で買収した時に発生するもの。一般的なM&Aでは見られないレアケース。

「負ののれん」とは純資産額を下回る金額で企業を買収した時に生じるものです。

純資産100億円の企業を買収するには、普通は100億円以上のお金が必要です。優良企業だからこそ買収の狙い目になるわけですが、優良企業は大抵簿価純資産以上に評価されているからです。簿価純資産100億円の企業を30億円で買収できることは稀です。200億円、300億円とお金を積まないと買収できないでしょう。

簿価純資産額以上の金額で買収したら「のれん」が発生します。たとえば、2015年にソフトバンクは英ARM社を3.3兆円で買収しましたが、ARM社の簿価純資産はわずか0.3兆円でした。よって、こんな会計仕訳が起きたはずです。


借方(資産)に「のれん」が3.0兆円あります。ARM社の簿価純資産(0.3兆円)と買収金額(3.3兆円)の差額です。

純資産価値0.3兆円しかない企業に3.3兆円も支払うのは割高なのか?

それは今はわかりません。ARM社が将来どれくらいソフトバンクグループの収益に貢献するか次第です。

このようにのれんは普通、左側(借方)に登場します。そして日本基準であれば「のれん」は20年以内に徐々に費用化されます。米国基準、IFRS(国際会計基準)では償却されないので、減損されない限りは永遠に資産計上されます。

ライザップで話題になった「負ののれん」とは「のれん」が右側(貸方)に出てくる場合です。つまり、簿価純資産より安い価格で企業を買収できた時に発生するものです。レアケース。あまり見ません。過去の会計監査で1度だけ遭遇したことがあります。

たとえば、簿価純資産100億円の企業を30億円で買収したら、こんな仕訳が起きます。

100億円の企業を30億円という安値で買えたんだから、70億円の利益が発生するというものです。「負ののれん」はバランスシートに置かれることはなく、「負ののれん発生益」として即時にPLで収益処理されます。バランスシートに据え置かれる「のれん」とは処理が異なります。

 

「負ののれん発生益」とはターンアラウンド利益の先取り

さて、この「負ののれん発生益」の本質とは何でしょうか?

簿価純資産より株式時価総額が小さいとは、つまりPBR1倍未満ということです。

あなたも、もしかしたら割安株投資を実践してPBR1倍未満の株を探して投資したことがあるかもしれません。知らず知らずのうちにあなたも「負ののれん発生益」を得ているかもしれません。

でも自然な感覚として、、PBR1倍未満の株に投資したからってすぐに利益を認識するのっておかしくないですか? 直感として。

そうおかしいんです。PBR1倍未満になるにはそれなりの理由があるわけで、本当に割安ですぐに儲かるわけではありません。そんな銘柄もあるかもしれませんが、簡単には見つかりません。誰にも拾われることなく、1万円札が道端に落ちていることは滅多にありません。

PBR1倍未満の銘柄に投資する目的は何か?
こんな理由が考えられます。
・株式時価総額がネットキャッシュ未満で、少なくともネットキャッシュ水準まで株価は上がると期待している。
・金融危機でマーケットが大暴落し、適正な株価が付いていないところをリスクテイクする。
・将来のターンアラウンド(経営再建)を期待している。

個人投資家がどういう目的で割安株(PBR1倍未満の銘柄)を買うのか、それは自由です。人それぞれ色んな考えがあるでしょう。

でも、企業がビジネスとしてPBR1倍を切るような割安株に投資する理由があるとすれば、それは最後の「将来のターンアラウンドを期待している」しかあり得ないと私は思います。期待するというか自社でターンアラウンドする(経営再建を図る)ということ。経営状態がボロボロならば、簿価純資産以下の価値でしかマーケットで評価されていないことはあり得ます。そんな経営不振に陥っている会社に敢えて投資して、経営を改善させてリターンを得るという戦略。

余剰資金を金融投資として割安株に投資することも財務判断としてあり得なくはないですが、バブル崩壊以降そういう財テクは流行りませんね。純粋な金融投資として、(株主の)余剰資金をPBR1倍未満の銘柄に投資するなんてちょっと乱暴です。本業に集中するのが一番。カネが余ったら株主に返すのが原則。

自社と何らかシナジーがあり再建できる自信があって、解散価値以下で評価されている「割安」な企業に投資するというのは経営判断としてあるかもしれません。企業が「割安株」に投資する理由があるとしたら、それ以外にないと思います。

つまり、「負ののれん発生益」とはターン・アラウンド(経営再建)が成功裏に進んだら得られるであろう利益を、買収時点で前倒しで計上することに他なりません。

それはよくないと思います。でも会計基準は(日本基準もIFRSも)「負ののれん」は即時に収益処理することを求めています。「のれん」のようにオンバランスし続けたり、ゆっくりPL化するなんて認めてくれません。「負ののれん」が発生したら、すぐにPLで収益処理しないさいと法律は要求しています。

だから、ライザップの過去の会計処理は正当です。
会計的には何もおかしなことはやってません。

実は日本会計基準は2010年までは「負ののれん」は即時収益ではなく、一旦負債に計上した上で徐々に収益処理していく方法を採用していました。のれんと同じようなイメージです。

でも会計基準が見直されて、現在は「負ののれん」は即時収益処理です。IFRS(国際会計基準)も一緒です。

では、なぜ会計ルールは「負ののれん」を即時収益処理するようにしたのか?

・・・

なんでやろ??
正直、そこは勉強不足でわかりません。

当時の法改正の背景としては、「負ののれんの発生原因を特定することは困難であることから・・・」という曖昧な理由だった記憶があります。

まあ、確かにPBRが1倍未満で評価されている原因を特定することは困難です。

困難ですけど、少なくともポジティブな理由でないことは確かです。何らかマイナス要素があるから、簿価純資産に比べて安い値段しか付かないわけですから。

「負ののれん発生益」を計上して利益を改善させるのは正当な会計処理です。

でも、「負ののれん発生益」を見かけたら、その利益の実現可能性は疑う価値があります。「負ののれん発生益」とは未実現ターンアラウンド利益です。買収してからが経営再建の腕の見せ所なわけですが、なぜか再建によって将来得られる利益の一部を先に計上しちゃうわけです。PBR1倍以上に復活したら得られるであろう株主価値の増加分を先に認識することになります。再建が成功するか不透明にもかかわらず。

会計ってややこしいですね。特にM&Aが絡むとどうも複雑になっていきます。「のれん」は解釈が難しいところです。

PLをしっかり見つつ、キャッシュフローで補完しましょう。「負ののれん発生益」はキャッシュフローには当然出てきません。キャッシュフローに反映されるのは、将来のターンアラウンドが成功して営業CFが増えた時です。その時こそ「負ののれん発生益」をPLで認識すべき時なのでしょう、本当は。でもそのタイミングを決めるのは難しいということもあって、現在の会計ルールでは「負ののれん」は発生したら即時収益です。

「負ののれん」は普段はあまり出てこない話題ですね。ライザップの件がなかったら記事にすることもなかったと思います。今まで米国株の銘柄分析をする中でも一度も見たことはありません。