ECB(欧州中央銀行)は日本より早く、2014年6月にマイナス金利政策を導入しました。

現在、ECBの政策金利(預金ファシリティ金利)は▲0.4%です。預金ファシリティ金利とはユーロ圏の金融機関が余剰資金を中央銀行に預け入れる時の付利預金の利率です。

欧州ではユーロのほか、デンマーク、スイス、スウェーデンもマイナス金利政策を採っています。

日本でも、2016年1月29日の金融政策決定会合で日銀は「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」を決定しました。

日本の金融機関の日銀当座預金残高に対して▲0.1%のマイナス金利を付与しています。ただし、すべての日銀当座預金に対してマイナス金利を適用するのは金融機関に酷なので、当座預金を三層構造に分けて一部の残高に対してのみマイナス金利を適用することにしています。

以前の記事で、金利と利回りは別の概念だよって話をしました。

このマイナス金利政策という言葉は「金利」という言葉で正しいです。

金融機関が日銀に預ける資金に対して適用される契約上の利率が実際にマイナスだからです。

なのですが、この表現があらぬ誤解を与えていることがあるなと最近感じたので、その話をします。

  マイナス金利に対する誤解

私は公認会計士ということで一応社内では、「あいつは会計はまあ詳しいよな」くらいには思われています。

先日、経理部財務部の社内会計研修の日があり、私は講師として頑張ってパワポの資料を作って50人くらいの前で説明していました。

内容は、ちょっと小難しい退職給付会計について。

退職給付会計とは字面は難しく見えますが、ざっくり言うと退職金の会計です。

退職金って会社にとっては費用なので、きちんと財務諸表にその負債を認識する必要があるんですけど、退職金の支払って、新入社員が入社してから約40年後の遠い将来の話ですよね。

だから、単に退職金支払予定額を負債計上するのではなく、それを現在価値に割り引きます。

そこがちょっと難しいところ。

現在価値って何?聞いたことないよ…、って思う経理経験の短い若い方々には説明してもなかなかその場では理解してもらえないことが多いです。

2016年、日本もマイナス金利を導入して長期金利が低下しているので、この割引率も必然的に低下するのです。

そうすると割引率が下がるのだから、企業にとっては退職金負債の現在価値が高くなりますよね。

つまり、低金利は退職給付会計上は企業の費用負担が増えることになるのです。

少し前ですが、日経などで頻繁にこの話題が取り上げられていましたが記憶にありますでしょうか?

例えばこちらの東洋経済とかお時間あればご覧ください。

その30分の研修が終わった後、個別の質問を受け付ける時間を取りました。
(みんなの前で挙手してもらう形式では誰も質問しないので…)

で、その質問時間に財務部の女性からこんな質問されました。

女性「マイナス金利ってうちの会社の会計にも影響あるんですね!、素朴な疑問なんですけど、マイナス金利ってことは国債を持っている人はどうやってマイナス金利を払っているんですか??」

僕「……、いやいやマイナス金利って実際にお金を払っているわけじゃないよ。それは銀行だけだね。マイナス金利ってのは国債の利回りがマイナスなだけだよ。」

女性「え~、どういう意味ですか??」

僕「えーと、だから……以下省略」

  マイナスなのは利回り

マイナス金利政策という言葉が独り歩きして、多くの人に誤解を与えている可能性があるなとこのとき思いました。

文字通りマイナス「金利」なのは、日銀当座預金を持つ国内の金融機関だけです。

私たちの普通預金の金利がマイナスにはなっていないですよね。

また、企業が持つ銀行口座にも今のところマイナス金利は設定されていません。

「長期金利がマイナスになった」などと表現することがあります。これは正確には正しくありませんよ。

正しくは「10年国債の利回りがマイナスになった」です。国債保有者が金利を国家に支払っているわけでは当然ありません。

ただ暗黙の了解として、長期金利=10年国債利回りとなっているだけです。だから長期金利がマイナスと書いても問題はないです。

何度も言ってすみませんが、金利がマイナスになるのではく、利回りがマイナスになるのです。

もう一つ例を挙げます。

2016年9月に、こんなニュースが報道されました。
「欧州サノフィ、マイナス金利で社債発行」

こういう記事題名って読む人によってはミスリードだと思うんです。

正しくは、
「欧州サノフィ、マイナス利回りで社債発行」ですよ。

サノフィの社債を買った人は金利をサノフィに払うんですか?
まさか、そんなことありませんよ。

サノフィの社債を償還まで保有したらマイナス利回りになるように、発行金額が設定されているだけです。

ちなみに、このサノフィ発行の社債は利回り▲0.05%でした。利率はゼロの割引債です。

例えば発行金額10,000円で償還金額が9995円、利率がゼロの割引債だったら、利回りはマイナス0.05%になります。金利はゼロです。

マイナス金利という言葉が頻繁に見られるようになりましたが、マイナス金利の世界はまだ私たちの日常生活にはありません。

マイナス金利の世界にあるのは、金融機関だけです。

金利と利回りという言葉は似て非なる概念です。

私たちの身近にあるのはマイナス利回りの世界です。