昨日(2016/1/29)の午後会社のトイレでビックリしました。ふっとスマホでyahooファイナンスを覗いてみたら、前場は前日比マイナスだった日経平均が500円高。ドル円為替レートは121円になっている。その日が日銀の金融政策決定会合がある日なのは当然知っていたので、「追加緩和したな!」と思いました。

日銀がマイナス金利導入を決定しました。金融機関が日銀に預けている当座預金残高に△0.1%のマイナス金利を付与するとのこと。さらに今後金利引き下げの余地もあると。原油価格下落で厳しくなりつつある物価上昇目標2%達成に向けての姿勢を緩めないという黒田総裁のメッセージです。日経新聞一面によると、マイナス金利政策導入のポイントは以下の通り。

○金融市場の不安定さが国内に波及するリスクを防ぐ
○量的・質的緩和の限界ではなく、金利面での緩和策を追加した
○必要であれば、追加で金利を引き下げる

 『エンデの遺言』という本

このマイナス金利導入のニュースを聞いて昔読んだある本を思い出しました。『エンデの遺言』という本です。

「お金」が誕生した背景

当たり前に私たちが使っている「お金」とはなぜ生まれたのでしょう。それは物々交換では人々の需要がマッチし合わず不便が生じることが多いので、それを解消するためでした。肉を持つAさん、魚を持つBさん、服を持つCさん、それぞれが持ち合わせる物と物との価値が等しくなる程度を相談し、お互いが納得したときのみ交換できる。服を持つCさんが肉が欲しくてAさんと交渉しても、Aさんが服が欲しくなければその時点で交渉不成立となります。そこで、価値を等しく客観的に測ることができる「お金」を間に介在させることにしました。

お金と物との決定的な違い

「お金」はあくまでの物と物を介在する存在に過ぎないはずでした。しかし、物とお金とでは決定的に異なることがあると『エンデの遺言』は言っています。それはお金は減価しない、腐らないということです。肉や魚は冷蔵庫に入れても数日程度でだめになります、洗濯機や電子レンジも想定使用期間がありますし、使い続ければいつか故障します。インフレを無視すればお金は永遠に腐らずその価値は不変です。これを貨幣の「価値保存機能」と呼びます。

利子の誕生

このお金の価値保存機能には、「じゃあお金って便利だね」で片付けることができない深い問題があります。世界の多くの国は資本主義経済で、経済の血液たるお金が循環することで成り立っています。お金を持っているけど投資先がない人と、お金はないけど投資機会を持っている人とを結びつけるのが金融の本質的な機能役割です。資本主義経済では金融機能を通してお金を流通させる必要があります。

お金は腐らないという点で物よりも有利な資産なので、お金を貸す人のほうが、お金を借りたい人よりも立場が強くなります。そこでお金を融通する人はただではお金を貸さないぞ、と言い出しました。そこで利子が誕生しました。腐らないお金を持っていれば利子が貰えるので、お金は消費しないで持っておくほうが得ということになります。資本主義にはマネーの自己増殖機能があると言われますが、それは資本主義という仕組みだけではなく、腐らないという貨幣の性質によるところも大きいと思います。

人々が得だと思いお金を大事に抱え続けると、お金が経済に循環しなくなり経済が停滞してしまいます。腐らずしかも何にでも交換できるお金が、神様のように思えてしまうのです。このような物々交換を介在するために発明されたお金のせいで、経済が停滞し雇用が減り所得を得ることができない不幸な人が生まれるのは、由々しき事態です。

腐るお金の開発

このような事態に対応するため「腐るお金」が開発されたことがかつてありました。1930年代の恐慌期のドイツやオーストリアです。スタンプ通貨というものです。これは1枚2セントで売られているスタンプを毎週水曜日になったら購入して、それを添付しないと貨幣として認めないという制度です。
お金を使わずに保管したければ、スタンプ購入という維持費が必要ということであって、実質的に時間とともに貨幣価値が減価していくことになります。水曜にスタンプ買わなければいけないなら、普通なら火曜中に買い物を済ませようと思いますよね。お金を老化させることによって、人々にお金を貯蔵するインセンティブを抑えて消費を活発化させています。
お金はあくまでも利便性のために人工的に創造されたものなので、制度によって腐らせることも可能というのは自然です。

 マイナス金利と『エンデの遺言』の共通点

日銀のマイナス金利の話に戻りますが、マイナス金利はこの『エンデの遺言』に出てくるスタンプ通貨に似ているなと思いました。預金を持てば持つほどマイナス金利というお金の維持コストが掛かります。マイナス金利を払うくらいなら、投資や消費に積極的に使おうとする意欲が増します。

日銀の制度は、金融機関のすべての日銀当座預金残高にマイナス金利付与するわけではありません。既存の残高はそのままで新規に日銀当座預金に入金する分がマイナス金利の対象となります。日銀は金融機関の収益に過度の影響が出ないようにする、と忠告しています。我々国民の預金利率がマイナスになることは当面はないと思います。私たちが腐るお金を実感することは今はなさそうです。
しかし、日銀がやろうとしていることは、お金を腐るものとすることによって、金融機関や国民がお金を過度に貯めず経済に循環させること、と解釈できます。

私たちは当たり前に存在するものの価値や形を疑うことをあまりしません。お金を貸したら利子が付くのは当たりまえで、なぜ利子が付くのか考えることもしません。『エンデの遺言』が教えてくれるのは、お金に利子が付くのはお金が腐らないからということです。