国家の財務運営は家計や企業のそれよりも遥かに難しい
家計のやり繰りというのは単純です。給料、貯金の範囲内で支出をコントロールする。ある意味これだけです。リボ払いなどの借金で給料以上に使っちゃうケースもありますが、普通の金銭感覚があれば防げます。
企業は金額規模が大きくなれど、基本は家計と同じです。事業で稼いだキャッシュ以上にお金を使うことはできません。予算制を設けて部署毎に支出を予実管理していることが多いです。
では、国家の財務管理はどうでしょうか?家計や企業と同じく、稼いだキャッシュ(=税収)の範囲内で支出をコントロールすればいいのでしょうか?
そうとは言えません。国家は自ら紙幣を刷って、それを支出に回すことができます。国債を発行することになるので借金ではありますが、家計や企業の借金とは類が異なります。
個人や企業が借金する際は収入レベルや財務格付けを銀行に厳しく査定され、その結果に応じていくらまで、どのような条件で借入できるかが決まります。
一方で、国家は国債を発行することで際限なく借金することができます。
際限なくと言いましたが、無限に紙幣を増発できるわけではありません。二つのアラートによって紙幣増発に歯止めがかかります。
一つ目のアラートが債券利回り、二つ目のアラートがインフレです。
先日、英国政府が大規模な減税を発表したところ、英国債利回りは急上昇。慌てた政府は減税を撤廃。財務相が解任され、さらにトラス首相が就任わずか45日で退任するという異例の事態に発展しました。
減税とは補助金と同じです。財政支出です。英国のエリートたちは今このタイミングで追加の財政支出が可能と判断しましたが、結果それは誤りでした。
そもそも英国のインフレ率は二桁に達しており、紙幣増発に歯止めを促すアラートの一つはすでに鳴っていました。そのような中でさらに紙幣を刷ろうとしたところ、債券投資家から怒りの売りを浴びせられた格好です。
今思うと素人でも防げそうな失敗に思えます。「こんなに物価が上がっているのに追加の減税はやばいよね。」ってなりそうです。
もちろん、英財務省も議論に議論を重ねていたはずです。でも、これほど急激な債券利回りの上昇と年金財政に与える影響を予見できなかったのです。
ここに国家の財務運営の難しさがあります。個人や企業が借金する時に無理があれば、「これ以上の借金は首が回らなくなるからダメだよ!」と銀行からダメ出しをしてもらえます。
政府はそういう審査をしてくれる所がありません。借金した後のマーケットの反応を伺うしかありません。債券利回りは今回のようにすぐに反応してくれるからまだマシで、インフレは数ヶ月後ないし数年後に影響が表れるから余計に判断が難しいです。
英国財務省を擁護したいわけではないですが、国家の財務運営というのは家計や企業より難易度がかなり高いのです。
英国の失政は対岸の火事ではない
英国が減税を発表するとあまりに英国債が売られるので、やむを得ず英中央銀行が債券買い取りを発表しました。政府がアクセルを踏み過ぎているから、助手席に座っていた中央銀行が横からブレーキをかけた状態です。
これはかなり恥ずかしいことで、歴史に残る大失政でしょう。
ただ、日本は笑ってられません。今回の英国の財務ミスジャッジは対岸の火事ではなく、他山の石とすべき案件だと思います。
日本はコロナ禍でも低金利政策を続けている稀有な国です。低金利とはつまり紙幣を増発しているということです。
前述したとおり、過度な紙幣増発のアラートは債券利回りとインフレ率ですが、日本では前者のアラートがあまり機能しません。なぜなら日銀が長期債の利回りを抑え込んでいるからです。
ただ、利回り抑制の歪みは出ています。為替です。日本の金利があまりに低いものだから、円安は止まりません。一時1ドル150円台に乗りました。介入が入って140円台に戻りましたが。
二つ目のアラートであるインフレ率はどうなのかと言えば、今のところ欧米に比べればマイルドな物価上昇率です。黒田日銀総裁の言葉を借りれば「家計は値上げを許容している」状態です。
ただし、一部の領域ではインフレ率が過度に高まっているようにも見えます。それはマンションです。不動産は低金利がもろに需要を過熱させるので、特に首都圏の新築マンション価格は利回りで見て限界に来ているように感じます。
名目でも実質でも歴史的な円安になり、インフレ率が高まってきている中、日銀はいつまで紙幣を刷り続けることができるのでしょうか?
正確な答えは誰もわかりません。もはや壮大な社会実験です。
そもそも英国は財政支出(減税)でしたが、日本はあくまで金融緩和です。財政政策と金融政策とではその効果に雲泥の差があります。今回のコロナ禍でそれがはっきりしました。米国の高いインフレは金融緩和というより多額の財政支出によって引き起こされました。
日本は財務省のおかげ?で過度な財政支出には積極的ではありません。仮に日本も英国のような大減税を発表すれば、日銀が制御不能になるくらい国債が売られるかもしれません。
貯金が100万円なら150万円の買い物はできません。年収500万円なら1億円のローンは組めません。政府のお財布管理も、個人のそれのように単純ならよいのですが。現代の貨幣制度はスピードメーターなしで高速道路を運転するようなものです。
果たして日本はいつまで今の紙幣増発(=低金利)を続けることができるのでしょうか。変動金利で住宅ローンを組んだ者として不安を感じています。
Hiroさん、いつもお世話になっております。
ブログ楽しく拝見させていただいてます。
日本銀行の低金利はもはや修正不可能だと思うんですよね…
日本経済の体力的に利上げを行っても、1%が限度、かなり頑張って2%らしので利上げ幅があまりにも限られますし、かつ経済全体が低金利前提の社会になっている気もするので、日米金利差で円安にどんどん進んでいっている副作用があってもこのまま低金利(イールドカーブコントロール)をやり続けるしかないのかなっと…
ただ、次の日銀総裁で選ばれる人が社会実験として利上げするかも(笑)しれないので、岸田首相の人物見極めを注視していきたいです
もけもけさん、コメントありがとうございます。
為替に低金利維持の歪みが来ているように感じますね。
円安になれば観光、投資と日本の資金が集まるはずで、それが物価を押し上げれば、日銀もついに金利を上げるかもしれません。
しかし、円安でもそう簡単に資金は日本に戻ってこない側面があります。
観光では政府規制リスクや、規制がなくとも日本のマスク文化を嫌って旅行にこない人が一定数いそうです。
また、過去の海外直接投資をすぐに日本に戻すことはできません(そもそも為替だけで安易に事業判断できるものではない)。
というわけで、今よりさらに円安が進まないと(たとえば極論ですが1ドル200円とか)、為替が物価上昇に強く作用することはない気もします。
個人的にはこんな感じで考えていますが、将来のマクロ経済がどう動くかは予断はできないと思っています。
日銀は国債市場において無敵の存在です。キーボードを叩くだけで無限に国債を買えます。比喩ではなく本当に無限です。
なぜなら、自国通貨建だからです。
(借)国債100億円/(貸)日銀当座預金100億円
です。
長期金利を0.25%以下とするYCCが維持されなくなるとすれば、何らかの政治的な意思によるものです。
円安を日銀のせいにしたい人たちの政治力がどれだけ強いかによるでしょう。
日銀負けるなよーと変動金利を選択している私も日々注視しています。
おっしゃる通り、テクニカルには無限に円を刷ることができますね。
どこかでYCCが維持できない水準に達するのかということになりますが、日本は財政側が引き締め大好きなので、意外とリスクは低いかもしれません。
せいぜい不動産市場くらいしか直接的な影響がない金融緩和を続けつつ、一方で、財政政策はブレーキをかけることで、結局いつもの低インフレ経済が戻るだけな気もしています。
寂しいもんですが。
アメリカみたいな高圧経済を一度くらいは経験してみたいです(金利上昇は困りますが!)。