M&A無形資産償却費は本業の利益から除くべき

日本会計基準と違って、USGAAP(米国会計基準)やIFRS(国際会計基準)を適用している企業の営業利益にはあらゆる費用・収益が含まれます。たとえば減損損失やリストラ費用、税制改革関連の特別利益など。

なので、USGAAPやIFRSを適用している企業の営業利益は本業の経常的な儲けを表現できません。年によって大きくブレます。そこで各企業はAdjusted Profit(調整後利益、調整後EPS)を投資家に公表していることが多いです。定義は企業によって微妙に異なります。調整後利益を見ることで本業の収益性を把握することができますが、何を調整しているのか投資家は注意して見る必要があります。

どんな会社でもM&A無形資産の償却費があれば、それは必ず調整対象(つまり営業利益には含まれるけど、調整後利益からは除く)にしています。

うちの会社もそうです。
たとえばこんな感じです。

営業利益:100億円
うち、M&A無形資産償却費:20億円
調整後利益:120億円

有報のPLで開示している営業利益は100億円だけど、それはうちの真の実力値ではないから注意してね。本当の実力値はM&A無形資産償却費20億円を除いた120億円ですよ、という投資家へのメッセージです。

うちの会社は買収が多いこともあって、このM&A無形資産償却費が多いです。日本企業の中でも特に多い方だと思います。

機関投資家からの質問
「M&A無形資産償却費はどう解釈すべきなの?」

IRとはInvestor Relationsの略です。マーケットにわかりやすく情報を開示して自社の今後のストーリーを発信することで、投資家に株を買ってもらいやすくなるし長期投資家を増やすことにもなります。投資家とのコミュニケーションは大事な仕事。

株主総会で細かい経営や会計に関する質問は普通はなく、別途メールや電話で投資家さんとやり取りするのが普通です。その窓口となるのがIR部門です。先日、某大手米系機関投資家からIR部門にこんな質問がメールで来ました(実際のメールは英語です)。

御社はM&A無形資産償却費として20億円計上しています(数字はすべて仮)。それを除いた120億円を調整後利益として開示していますが、実際のところどうなのでしょうか。投資家としてその20億円は本当に除外して考えていいコストなのでしょうか。償却費を含めた100億円という営業利益が本当の利益だと考えるべきなのでしょうか?

これはうちの会社特有の話ではなく会計一般論の質問と言えます。機関投資家ならそれくらい理解しとけよってのが本音ですが、大切な株主様からの質問をないがしろにするわけにはいません。IR部門はこういう質問にも1件1件丁寧に対応しています。

さすがIR部門だけで処理できる案件じゃないので経理部に回ってきました。今回は私が対応しました。

IR部門のRyo君との実際のやり取りを再現します。

Ryo「おつかれ。」

Hiro「おお、なんか久しぶり。どうしたん?」

Ryo「決算中に悪いんだけど、少し相談があって。今ちょっと時間もらってもいい?」

Hiro「ああ、いいよいいよ。珍しいね。なに?」

Ryo「米系の機関投資家からこんな質問が来ててさ。」

Hiro「どれどれ」

(先ほどの質問を見せられる)

Hiro「ああ、なるほどね。うちはM&A無形資産償却費多いもんね。」

Ryo「これってどう答えるのがいいんやろうか。Hiroは投資オタクやから、投資家目線の回答がわかるかなあと思ってw。」

Hiro「ああ、まあねw。」

Ryo「M&A無形資産償却費って毎年発生してて、調整後利益から除いているけど、これはそもそもどういう理由なんだっけ?」

Hiro「うちの会社のM&A無形資産償却費は、5年前のGH社買収に関するものが大半よね。」

Ryo「そうやね。買収金額は数千億円に上ったから、その時に多額の無形資産が発生したよね。」

Hiro「そうそう。結論から言うと、そのM&A無形資産の償却費は本業の収益からは除いて考えないといけないよ。」

Ryo「うん、それは知ってるんだけど、なんで除くべきなんだっけ?」

Hiro「うん、そこが先方の質問よね。まあ敢えて説明するとなると難しいけど、、何て言うか、M&A無形資産の償却費ってビジネス運営に必要なコストじゃないじゃん。だから、本業の利益からは除くべきなんよ。」

Ryo「ん、、うん、なんかわかるようなわからんような・・」

Hiro「ああ、ごめん、わかりづらいよね。なんちゅうか、買収されたGH社の立場になって考えてみてよ。GH社はうちに買収される前から自分たちのビジネスを行ってきたわけ。買収って株主が変わるだけでしょ。GH社は確かに5年前にうちに買収されたけど、それによってGH社のビジネスには何ら変化はないわけよ。株主がうちになっただけ。ただそれだけ。」

Ryo「うん、そうだね。わかるわかる。」

Hiro「やろ。ってことはさ、おかしいじゃん。ただ買収されて株主が変わっただけなのに、突然M&A無形資産の償却費なる費用が追加で発生するっておかしくない?」

Ryo「ああ、、何となーく言ってることわかる。」

Hiro「今ままでGH社の営業利益は50億円でした。それがうちに買収された途端M&A無形資産償却費なるものが20億円も追加で発生して、営業利益が30億円に下がる。これって合理的じゃないよね?」

Ryo「ああ、なるほど~。つまり継続性ってこと? 買収される前後でGH社の営業利益が変化するのはおかしいから、M&A無形資産償却費は調整後利益から除くべきってこと?」

Hiro「まあ、そうだね。その理解で概ね合ってるよ。ただ一番の本質はM&A無形資産償却費が、GH社の事業運営に必要なコストではないってことよ。だからM&A無形資産償却費は本業の利益に含めるべきじゃない。」

Ryo「事業運営に必要なコストじゃないってどういうこと? もうちょい具体的に頼むわ。」

Hiro「じゃあ、ちょい違う視点から説明するね。その前に、そもそもM&A無形資産って何かわかってる?」

Ryo「え、まあ買収によって認識した無形価値みたいなやつかな? ブランド力とか。」

Hiro「うん、まあそんな感じ。ちなみにうちが無形資産として認識してるのはブランドじゃなくって技術資産と研究開発資産ね。」

Ryo「ああ、そうなんだ。」

Hiro「んでね、大事なポイントは別にうちに買収される前からGH社には技術や研究開発といった無形資産が存在してたってこと。ただバランスシートにはなかった。自分で自分の無形資産を計上するのは原則禁止だからね。」

Ryo「うん。」

Hiro「うちに買収されたことで、今まで見えてなかったGH社の無形資産が見えるにようになっただけ。別にGH社のビジネスの実態は何も変わってない。買収を通じて今までオフバランスだった無形資産が、うちの連結BSに突然フワッと表れた。で、その無形資産を償却してそれが営業利益を圧迫している。」

Ryo「うんうん。」

Hiro「その無形資産の償却費ってGH社のコストじゃないよね。うちが買収して勝手に無形資産を認識して、勝手に償却してるだけやろ。繰り返しだけど、GH社には今までも無形資産はあった。ただBSに計上されていなかった。それがM&Aを機に資産化されて償却されているだけ。」

Ryo「あ~、うんうん。」

Hiro「M&A無形資産償却費は、明らかにGH社の事業運営に必要はコストじゃないよね。これはGH社を買収した会社の株主のコストではあるけど、GH社の事業運営に必要なコストじゃないんよ。ここがポイント。」

Ryo「な、なるほどね~」

Hiro「別に架空の費用ってわけじゃないよ。M&Aにウン千億円という対価を払ったのは事実。実際にキャッシュアウトはあった。だから実際のコストであることは間違いない。株主としては買収で払った対価をペイできるだけのリターンを上げないとダメ。そういう意味ではM&A無形資産償却費も立派なコスト。でも、それは株主のコストではあるけど、GH社の事業継続に必要なコストではないんよ。わかる?」

Ryo「何となくわかった。ありがとう。」

Hiro「急ぎ足で説明したから消化しきれなかったかもしれんけど、まあ自分で腑に落ちるまで考えてみて。」

Ryo「サンキュー。またわからんくなったら聞くわ。でも大体理解できた。とりあえず例の機関投資家には回答できそう。」

アラガンは2期連続大赤字なのに心配無用。なぜ?

最近、私が投資しているアッヴィ(ABBV)がアラガン(AGN)を買収すると発表しました。そこでアラガンのPLを見てみると、何と直近2期連続大赤字でした。

しかし、その赤字は心配に及びません。アラガンの赤字は2015年にアクタビスがアラガンを買収した際に認識した無形資産の償却費が原因だったからです。

(参考記事)
【決算解説】アラガンが2期連続大赤字の理由

先ほどのRyoとのやり取りで説明した通り、M&Aで認識した無形資産の償却費は本業の収益からは除くべきです。無形資産償却費を除けばアラガンの業績は問題なく黒字です。潤沢な営業キャッシュフローがその証拠です。

ただし、これもRyoに説明したことだけど、旧アクタビスの株主がアラガン買収に多額のお金を支払ったのは事実。それが現在のアラガンのPLにM&A無形資産償却費として表れているわけです。M&A無形資産償却費が原因なら赤字でもOKかと言うと、一概にそう言えるわけじゃない。旧アクタビスの株主はそのコストをきちんと回収しないと、当時のM&Aが成功だったとは言えませんから。

でも、その無形資産償却費はアラガンの製薬ビジネス運営上のコストではありません。だからアラガンの本業の利益からは除外すべき。

株主のコスト= 事業運営に必要なコスト
これが原則です。

でも、M&Aが起こると
株主のコスト≠事業運営に必要なコスト
という事象が発生します。

本業の収益性を見る時はM&A無形資産償却費は除外すべきです。M&Aで支払った対価をペイできるくらい被買収企業が儲かっているかを見る時(つまりM&Aの成否を測りたい時)は、除外しないのもあり。目的によりけり。

本業の実力を測る上ではM&A無形資産償却費を除いた利益を見るべきです。M&Aが多い業界、企業のPLを見る時は注意が必要です。