とある上場企業の決算期の会話(ノンフィクション)

 

仲村経理部長「Hiro君、ちょっといいかね。」

Hiro(平社員)「はい、なんですか??」

部長「今回の上期決算の資料を見てるんだけど、為替変動で粗利益が5億円悪化したという分析結果が腑に落ちないんだけど・・。おかしくないかい? 前年上期と比較してドルはとんとんで、ユーロは円安になっているだろう。確か人民元に対してもちょっと円安じゃなかったっけ。総じて主要通貨に対して円安に動いているんだから、為替は利益にプラスに効くはずじゃないかね。資料が正しいかもう一度見直してくれないか。」

 

参考(主要通貨の為替レート比較)

通貨 FY17上期 FY18上期 比較
ドル 110 110 トントン
ユーロ 126 129 円安
人民元 16.4 16.7 円安

 

Hiro「そうですね~・・。確かにドルはほぼ変動なく、ユーロに対しては円安ですね。おっしゃる通り、決算資料が間違っているかもしれません。ちょっと調べるので時間下さい。あともしかしたら、タイバーツやブラジルレアルが影響しているかもしれません。」

部長「取引量を考えたらドルとユーロの影響が圧倒的に大きいだろ。確かにレアルは下落しているかもしれんけど、うちの会社のレアル建ての取引なんてたかが知れてるでしょ。そんなマイナー通貨の影響はほぼないと思うよ。」

Hiro「ああ、はい。確かにそうですね。調べます。」

部長「よろしく。来週の経営会議に向けて明日社長に事前説明するから、今日中に調べて報告してもらっていいかい。頼んだよ。」

Hiro「今日中ですか。ああはい、わかりました。」

Hiro脳内(この為替資料はシステマティックに作ってるから、多分作成ミスはないんだよなあ。昔からルーティンで作ってる資料だし。多分、ドルとユーロ以外の通貨が影響してるに違いない。うちの会社はここ数年で海外取引も増えているからな。)

・・・

・・・

Hiro「葛城さあ、ちょっと時間ある?」

(かつらぎ、2つ年下の後輩。頭良くて優秀な奴。個人的にも結構仲良い。)

葛城「はい、大丈夫ですよ。なんすか?」

Hiro「ちょっと、向こうの会議室で。」

トコトコ・・・

Hiro「仲村さん(部長)が為替影響おかしいから分析しろって宿題。しかも今日中。ちょとお前も手伝って。」

葛城「あ、はいわかりました。為替ですか?」

Hiro「うん、ちょっとPCを前のスクリーンに映しながら話すわ。」

・・・

・・・

Hiro「これ見て、当期と前期の為替レート。ドルは110円でほぼ変動なし。ユーロに対してはちょっと円安に動いとる。人民元に対しても円安。ってことは、素直に考えると為替は当期の利益にポジティブに効くはずやろ。」

葛城「はい。円安だからプラスですよね。」

Hiro「なんやけど、このいつも作ってる為替の分析資料見てみて。なんでか知らんけど、当期の為替影響は粗利益を5億円悪化させているという結果になっとるやろ。」

葛城「ああ~、ほんとですねー。この資料作ってるの誰でしたっけ?」

Hiro「小川さん」

葛城「んなら、小川さんに確認した方が早いんじゃないですか?」

Hiro「いや彼女まだ新人だし、機械的にこの資料作ってるだけやから多分聞いてもわからんて。」

葛城「ああ、そうですか。そんな機械的に作れるんですね。」

Hiro「マニュアル通りシステムからデータ落として、昔から引き継がれてきたエクセルにペタッと貼れば完成やからな。」

葛城「じゃあ、どうやって調べます。」

Hiro「俺の仮説やけど、多分ブラジルレアルとか新興国の通貨の下落が意外に影響してると思う。」

葛城「ブラジルレアル?? うちの会社、ブラジルでの取引そんな大きかったでしたっけ?」

Hiro「取引は小さいけど、今年はレアルだいぶ落ちたやろ。あれ意外と影響しているかもしれん。あと、トルコリラ下落もニュースになったやんか。ああいうマイナー通貨の影響が集まって、ユーロ高の恩恵を相殺してる可能性があるんちゃうかな。」

葛城「ふ~ん。そうですかね。どうやって調べます?」

Hiro「全海外子会社調べるのは無理やから、主要子会社に絞って調べよ。米国子会社のE社とシンガポール子会社のM社やな。多分、この2社さえ洗えば大方わかるはず。E社は中南米に、M社はアジア諸国に拠点を持っとるけんさ。」

葛城「そうですね。」

Hiro「そう。俺はE社を調べるから、葛城はM社をよろ。」

葛城「わかりました。具体的に何をどう調べればいいですか?」

Hiro「SAPから今期の販売データを落として。USD換算前の取引通貨建てで。E社もM社も財務諸表はドル建てやけど、実際はトルコリラとかインドルピーとかブラジルレアルとかさ、色んな通貨で取引しとるからな。日本本社に提出する財務諸表はドル換算してるけどその裏にはたくさんの通貨があるから。あと販売した製品がどこで製造されたかも分かるようにデータを落として。要は知りたいことは、どの通貨で製造してどの通貨で売ったかの情報。それがわかれば、各通貨でどれくらい取引があるかわかるやろ。それに為替変動率を掛ければ通貨別の為替影響がわかるやんか。」

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E社(Hiro担当)・・・米国子会社で財務諸表はドル建て。米国だけでなくカナダ、アルゼンチン、ブラジル、チリ、コロンビア等に販売拠点を持つ。

M社(葛城担当)・・・シンガポール子会社で財務諸表はドル建て。シンガポールだけでなくタイ、マレーシア、インド、オーストラリア、インドネシア、トルコ、ドバイ等に販売拠点を持つ。

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葛城「なるほど、りょーかいです。1時間あればいけます。」

Hiro「オケ、俺も1時間でいける。じゃあ一旦席に戻って、各自作業で。1時間後の14時半にまたこの部屋で。」

葛城「オッケーで~す。」

・・・

・・・

・・・

(40分経過)

Hiro「どんな感じ?できた??」

葛城「あと少しです。今エクセルに整理中です。」

Hiro「え、んな綺麗にまとめんでいいからさ。じゃあ、さっきの部屋集合で。」

葛城「ああ、はい。(1時間後って言ったくせに・・)」

トコトコ・・・

Hiro「はい、先ず俺から。これがE社の通貨別の売上高と売上原価。やっぱりドル建ての売上高が大きくて6割も占めるね。でも、アルゼンチンペソやブラジルレアル建ての売上もボチボチあるで。」

葛城「でも、ドルが大半ですね。予想通り。」

Hiro「あと売上原価は半分が円で、もう半分がドル。これはつまり日本の工場で製造して輸出している製品と、米国の工場で製造して販売しているものが半々ってことか。利益インパクトを出すためには、各通貨の売上高から売上原価を差し引く必要があるね。ドルの売上は確かに大きいけど、ドルの売上原価もそれなりにあるから、ドルの利益インパクトは意外と小さいかもね。」

葛城「エクセルで式組んで、取引通貨別の粗利益(売上高-売上原価)を出しますか?」

Hiro「そやな。それくらい一瞬やしね。」

カタカタカタ。

Hiro「はい、できた。」

葛城「ほー、こう見ると利益ベースではドルの影響って小さくなりますね。あ、でも、それでもドル建ての粗利が一番大きいですね。」

Hiro「そりゃそうよ。ただドルは110円で前期からほとんど動いてないからね。ドル以外を見ないと。いま算定した各通貨毎の粗利益に為替変動率を掛ければ、各通貨毎の為替影響が出るやろ。」

葛城「じゃあ、ちょっと面倒ですけど、レアルとかの通貨も含めて為替変動率出して掛けてみますか。」

Hiro「そうやね。悪いけど、今画面に映してる通貨の前期と当期の平均レートの変動率を出してくれない?」

葛城「はい、わかりました。」

Hiro「5分もあればできるやろ。よろしく。その間俺はバロンズ読んでるから~。」

葛城「なんすかバロンズって?」

Hiro「え、まあ投資のニュース」

葛城「Hiroさん投資好きですね。」

Hiro「まあブログやってるくらいやからな。いいからはよやって。」

葛城「はい。」

・・・

・・・

(5分経過)

葛城「Hiroさん、できました。今サーバーに置きました。」

Hiro「オッケー、じゃあ俺のエクセルに為替変動率の列を挿入して計算するか。」

カタカタカタ

・・・

Hiroえ!

葛城「なんすか急に!?」

Hiro「ちょ見て、これ。アルゼンチンペソの影響めっちゃあるやんか!!粗利にマイナス6億円。」

葛城「うわ、ホントだ。エクセルの式あってます?」

Hiro「あってるよ!」

Hiro「ドルの影響はほぼなしで予想通りやけど、このアルゼンチンペソの影響額は想定を超えとるな。アルゼンチンペソってそんなに下落したっけ??」

葛城「・・・」

Hiro「新興国の通貨って今年確かに大きく下落したよね。ちょっとさあ、アルゼンチンペソの為替チャートググって出してくれへん?」

葛城「あ、はい、わかりました。」

・・・

葛城「Hiroさん、アルゼンチンペソ・円のチャートです。2017年4月から現在まで。」

Hiro「おお~、2018年の下落っぷりやべえなあww」

葛城「40%は下落してます。アルゼンチンってそんなにやばいんすか?」

Hiro「確か金利も高いし、インフレ率も日本とは比べ物にならんレベルだったはず。ちょっと何%かは覚えてないけど。」

葛城「とにかく、これだけアルゼンチンペソが下落したもんだから、うちの業績にも効いてるわけですね。」

Hiro「そういうことやね。連結売上高合計に占めるアルゼンチンペソ建て売上高なんて小さいもんやけど、これだけ為替が動いているとそれなりに影響出るわけやな。」

葛城「アルゼンチンペソは販売通貨だけしかないから、影響が出やすいのか」

Hiro「そう、そこ為替分析で大事な視点やね。アルゼンチンペソみたいなマイナー通貨は専ら販売の通貨になるだけで、製造の通貨にはならないから、取引量の割に為替インパクトが出やすいね。ドルは確かに販売量が多いけど、ドル建ての製造費用もそれなりにあるからさ、お互い相殺されて利益インパクトは思ったほど大きくならないんよね。」

葛城「そうですね。」

Hiro「それはわかっていたけど、アルゼンチンペソの影響がここまで大きいとは思わんかったわ。あと、ブラジルレアルの影響も結構あるぞ。」

葛城「ホントですね。粗利にマイナス2億円か。結構インパクトありますね。」

Hiro「最初俺はブラジルレアルの影響が大きいだろうと思い込んでたけど、アルゼンチンペソの方が遥かに大きかったな。」

葛城「じゃあ次、僕が調べたシンガポールのM社を見ませんか?」

Hiro「そうしよ。じゃあさ、今俺がE社でやったことと同じことをやってくれない?」

葛城「通貨毎の粗利益を出して、為替変動率を掛けるんですね。」

Hiro「そ、10分くらいあればできるやろ。ちょと俺トイレ行ってくるわ。」

・・・

・・・

(10分経過、トイレからは戻っている)

葛城「Hiroさん、できました。ちょっと意外な結果です!」

Hiro「なになに、前のスクリーンに映してよ。」

葛城「はい、映しました。」

・・・

Hiro「おお~、トルコリラやべえなあww。」

葛城「トルコリラで粗利益マイナス7億円の影響です。さっきのアルゼンチンペソ以上の影響です。」

Hiro「トルコリラ暴落は結構ニュースになったもんな~。ちょとさ、またチャートをググってよ。」

葛城「もう準備してます!」

Hiro「お、さすが。じゃあ映して。」

葛城「はい!」

(トリコリラ・円の為替チャート)

Hiro「www、なんやこれ。ナイアガラの滝やなww。」

葛城「これ、FXでトルコリラやってた人とか損失やばいでしょうね。」

Hiro「そうやろうな。そう言えば、そんなニュースやブログの記事見たな~。」

葛城「HiroさんはFXはやってないんですか?」

Hiro「ああ、やってないよ。興味はあるけどね。でもこういうの見るとちょっと怖いわ。」

葛城「あ、Hiroさん、トルコリラが目立ってスルーされてますけど、意外とインドネシアルピアの影響も出てます。粗利マイナス2億円です。」

Hiro「ホンマやな。インドネシアルピアも落ちてたのか。」

葛城「どうやらそうみたいです。」

Hiro「そうか~。ドル、ユーロ、人民元以外の通貨の影響もかなり大きいことがわかったな。これは大きな収穫やな。」

葛城「はい、勉強になりました。」

Hiro「よっしゃ!、これで部長からの宿題には答えれそうやわ。ありがと。」

葛城「結論としては、トリコリラ、アルゼンチンペソ、ブラジルレアル、インドネシアルピア等の通貨下落が影響して、為替は粗利益を押し下げたということですね。」

Hiro「そう。ユーロ高円安で13億円の粗利プラス影響があるけど、さっき見た新興国通貨の下落が粗利を15億円以上悪化させて、結果としてもろもろで連結全体で為替は粗利にマイナス5億円のインパクトを与えてるってことやね。そう部長に説明しとくわ。ありがとう。」

葛城「いいえ。」

・・・

・・・

Hiro「仲村さん、さっきの為替の件、調べました。」

仲村部長「おお、早いね。どうかね?」

Hiro「結論としては為替分析資料に誤りはないです。為替影響がネガティブに出ているのはトルコリラなどの・・・」

(オシマイ)

 

投資家が抱える真の為替リスクとは。

私たち米国株投資家は、為替変動リスクとは無縁ではいられません。

私たちはドル建てで米国株に投資していますが、果たして負っている為替リスクはドル円だけなのでしょうか?

そうじゃありません。ドル円の為替影響は表面的に見えている為替変動に過ぎません。

私たちが負っている本当の為替リスクは、投資先企業がビジネスで使用している通貨と円の変動リスクです

あなたが米コカ・コーラ株(KO)に投資しているとします。

コカコーラ株はドル建てで購入しますが、あなたが負っている為替リスクはドル・円だけではありません。なぜなら、コカ・コーラ社はドル以外でも取引しているからです。それこそ日本でのビジネスは円建てですよね。日本でコカ・コーラを買う時に1ドル払うことなんてないですよね、100円ですよね。ヨーロッパではユーロ建て。インドではインドルピー建て、トルコではトルコリラ建てでしょう。

じゃあ、コカ・コーラはどの通貨で製造しているでしょうか?
現地生産が多いでしょうか?

ちょっと詳細は調べていませんが、ドルの製造費用もあれば円の製造費用あるでしょう。そう言えば、数年前にミャンマーで現地生産を開始したというニュースがありましたっけ。まあ、とにかく色んな通貨で製造しています。

どの通貨のネットインパクトが大きいのかはわかりません。まあ北米の売上が半分を占めるから、ドルの影響が大きいことは間違いありません。ただ、ドルだけじゃないです。

グローバルで取引している企業に投資することで、自然と複数の通貨に分散投資することができます。通貨も分散できるとリスクヘッジになるわけですが、コカ・コーラのようなグローバル企業に投資することで自然と為替リスクをヘッジできます。