(2017年12月23日追記)
22日米国税制改革法案が正式に成立しました。負債の支払い利息が課税所得の控除対象外になることを懸念していましたが、すべての利息が損金不算入になるわけではないことが分かりました。支払い利息のうち、損金不算入になるのはEBITDAの30%を超える部分だけです。利益が大きい優良企業は今後も、負債の利払い費を損金算入し続けることができると思われます。よかったです!安心しました。

(追記終了)

 

 

先日、仕事帰りの電車の中でスマホでWSJ読んでいてて驚いたことがありました。アメリカの税制改正に関する記事だったのですが、こんな一文がありました。

下院歳入委員会のケビン・ブラディ委員長(共和、テキサス州)は今月、企業が債務の純利息費用を課税対象所得から控除できる規定を廃止したいとの考えを示した。

え!って思いました。

ちょっと読みづらい文章の引用ですみません。

これは要するに、今後は企業の借入利息を税務上費用として認めないという意味です。所得が上昇するので、その分企業の税金負担は増えます。

てか知らなくて驚いたのは、米国では借入利息を税務上の費用(所得から控除してよい)に認められているのは特例規定があるからなんですね。

日本では銀行借入の利息は、当然に税務上の費用となります。

非金融機構が金融機構から借り入れた資金に対応する利息支出は控除できる。

(企業所得税実施条例 第38条)

細かい例外規定は横に置いておくとして、日本では企業が銀行から借金した時の利子は損金算入(税務上の費用処理)できます。損金算入できるってことは企業にとって良いことです。その分課税所得が圧縮されて、税金支払額が減少するからです。

WSJの記事をそのまま読み取ると、米国企業は今後、銀行からの借入金の利息費用を損金算入できなくなるかもしれません。

 

負債コストが安い理由の一つ・・・負債の節税効果(ファイナンス論)

ここからはちょっとだけファイナンスのお勉強っぽくなります。なるべく分かりやすく書いたつもりなので、気軽に読み進めてもらえると嬉しいです。

グーグルでもアリババでもコカ・コーラでもトヨタ自動車でも、全世界あらゆる企業に共通することがあります。それは株式会社としての基本的な仕組みです。

その仕組みとは、
・資本ないし負債で資金を調達する

・調達した資金を事業資産で運用して利益を得る

・得た利益を資本・負債提供者に還元する

どれほど複雑に見える企業のビジネスモデルであっても、抽象化すれば上の3フローに行き着きます。例外はありません。近年はITセクターを中心に資本が不要なビジネスが増えてきていますが、そうであったとしても株式会社である以上必ず出資者が存在します。

企業に資金を提供する人は2つに区分されます。
①負債提供者
②資本提供者

①負債提供者とは借金の貸し手のことです。典型的には銀行です。企業は銀行から借金することでレバレッジをかけて効率的にビジネスを回します。負債提供者たる銀行は毎年決まった額の利子収入を得ることができます。

②資本提供者とは株式投資家です。資本提供者たる株式投資家は確定した利子収入はありませんが、企業の業績に応じて配当やキャピタルゲインを得ることができます。

バランスシートで言えば、負債が右上で資本が右下です。バランスシートの右側は企業の資金調達を表しています。

企業から見れば、負債提供者と資本提供者は顧客みたいなもんです。企業は彼らから資金を預かって事業を遂行して利益を得て、その利益を還元しています。

負債提供者(銀行)と資本提供者(株主)は当然リターンが欲しいから、身銭を切ってお金を出しています。誰も慈善活動をしているわけではありません。リスクを取ってでもリターンが欲しいから、お金を拠出しています。

企業としては資金を提供してもらった見返りに、銀行や株主に対してきちんとリターンを還元しなくてはなりません。企業が銀行や株主に還元しなくてはならないリターンのことを資本コストと呼びます。

資本提供者が2つに分かれるので、資本コストも同様に2つに分かれます。
①負債コスト
②株主資本コスト

①負債コストとは銀行に対する借入利息です。個人でも銀行から借金する時は必ず利息3%などと契約で決めるはずです。その利息費用です。ここは難しく考えずにシンプルに考えてよいです。

②株主資本コストとは目に見えないコストなのでちょっとやっかいです。株主には配当金を支払いますが、配当だけが企業が株主に提供するリターンではないですね。株主は配当だけでなくキャピタルゲインも求めて株式を買っています。その投資家が期待するキャピタルゲインも企業にとってのコストだと考えます。
(キャピタルゲインというより、将来の増配を実現できるだけの利益も株主は期待していると言うのがより正確です。)

まあとにかく、株主は配当だけでなくキャピタルゲインも期待して株に投資します。その株主が総体として期待しているリターンが株主資本コストです。株主資本コスト=株主の期待、と言えます。かなり曖昧ですよね。株主の期待感という感情が企業にとっての株主資本コストになるわけです。

ちなみに、日本の株主資本コストは約7%でアメリカのそれは約9%程度だと言われます。2%もの差があります。しかし、日本がインフレ率ほぼゼロでアメリカのインフレ率が2%弱であることを加味すれば、実質的には日米の株主資本コストに差はないと言えそうです。

企業にとって負債コストと株主資本コストはどちらの方が安いのでしょうか?
なるべく低コストで資本を調達できるに越したことはありませんよね。

結論としては、基本的には負債コストの方が株主資本コストよりも安いです。それは株主の方が事業リスクを負っていてリターンが不確実なので、確定利息を貰える銀行よりも高いリターンを求めるのが普通だからです。

米銀行は約3%の利率でジョンソン&ジョンソンに資金を貸し付けています。ではJ&J株主のあなたは3%のリターンで満足しますか?
多分しませんよね。ざっくり言って7%以上のリターンは欲しいと思っているのではないですか。そのあなたの要求こそが株主資本コストそのものです。

負債コストが株主資本コストよりも安くなる理由はもう一つあります。それが冒頭のWSJの報道と関連する負債の節税効果です。

株主に支払う配当は企業にとって費用ではありません。配当は利益処分という解釈をされて損益計算書の費用には載ってきません。なので税務上も損金経理できません。配当以外の株主が要求するキャピタルゲインなんて当然企業は費用認識できません。株主資本コストは会計上も税務上も費用にはなりません。

負債コストは違います。銀行に支払う利息は企業の損益計算書で費用処理されますし、税務上も損金経理されます。負債コストは会計上も税務上も費用になります。

このように借入金(負債)の支払利息が税務上費用になって課税所得を圧縮することで、企業の法人税負担を減らすことを負債の節税効果と言います。(別名:タックスシールド)

負債の節税効果は前提として、支払利息(=負債コスト)が税務上の費用になる必要があります。

が、、冒頭のWSJの記載を再掲します。

下院歳入委員会のケビン・ブラディ委員長(共和、テキサス州)は今月、企業が債務の純利息費用を課税対象所得から控除できる規定を廃止したいとの考えを示した。

アメリカ政府は、企業の負債コストを税務上の費用に認めたくないと言っています。

これは企業にとって困った話です。株主資本コストよりも負債コストが安い理由の一つは負債の節税効果でした。でも、その負債の節税効果を無くすぞ!と米政府は言っているのです。

FRBは2015年末から利上げを進めていますが、それでも今の金利水準は歴史的に見て低いです。最近はまた米国債利回りが下がってきました。低いインフレは当面続くとマーケットは判断しているようです。

企業は低い金利を利用して多額の借金を重ねてきました。借金して自社株買いを行う企業も多く見られました。それは企業として合理的な行動です。コストの低い負債で資金を調達して、コストの高い株主資本を自社株買いで吸い上げるのは合理的な財務戦略です。

負債のコストが安いのは昨今の低金利の影響が大きいですが、それだけじゃありません。負債には節税効果もあるからさらに有利なんです。借金すればするほど支払利息が増えますが、その支払利息がいい感じに利益を圧縮してくれることで節税になるのです。

ですが・・

その負債の節税効果が、米国では消えちゃうかもしれません。今後の税制改革議論をウォッチしていこうと思います。

負債の節税効果が仮に無くなれば、エクイティ調達(=増資)のコストが相対的に下がります。じゃあ積極的にエクイティで資金調達すればいいのかと言われればそれは違います。増資をすると、どうしても既存株主の利益が希薄化されがちです。

負債の利払い費用の所得控除が無くなった場合、米国企業のCEO・CFOがどういう財務戦略を取るのか興味深いところです。

 

基礎ファイナンスを学ぶ意味

長期投資家は長い間市場に居続ける必要があります。人それぞれでしょうが、日経新聞やWSJを読んでいる人も多いと思います。

基礎だけでいいのでファイナンスや会計を知っているのと知らないのとでは、そういったメディア記事を読むときの理解度に大きな差が出ると思います。理解できた方が単純に楽しくニュースなどを読めると思います。

ただ時間はとても大切です。貴重な時間をどこまで捻出してお勉強するのかは各自の判断ですね。何でもかんでもすべて勉強すればいいとは思いません。時間は有限です。

会計の勉強は結構時間が掛かりますが、ファイナンスはそれほど時間が要らない分野だと思います(基礎に限る)。会計は借方・貸方などの独特の概念があるのに対して、ファイナンスはキャッシュに着目するので実生活のマネー感覚と整合し易いところがあります。ファイナンスの方がとっつきやすいと思います。

1冊でいいので簡単なファイナンスの本を読むだけでも、かなり見え方が変わると思いますよ。

以下おすすめの書籍です。
『ざっくり分かるファイナンス』は本当にざっくり分かってオススメです