米上院共和党が9日税制改革案を公表しました。それによると、法人減税は実現するとしても2019年度からとなるようです。

米国の法人実行税率は38%と世界トップですが、20%まで大幅に引き下げられる可能性があります。

米国は世界ビジネスの中心で世界最大の経済大国です。法人税率が高くても企業を米国に引き寄せることができました。しかし、ハイテク系など海外に利益を留保し易い企業が、国内に利益を還流させないことが問題となっています。また、他国との法人税率の格差があまりに拡大してきていくら米国と言えども、今の高い法人税率を維持したままでは米国企業の競争力向上を阻害するという判断があるのでしょう。

当たり前ですが、法人税率が引き下がると納付する税金が減るのだから企業の利益は改善します。

しかし・・

実は、とある会計マジックのせいで法人税率引き下げ初年度は、逆に企業の利益が悪化します。あくまで初年度だけです。法人減税が企業にとって(=株主にとって)良いことなのは間違いないのですが、減税初年度だけは利益を押し下げる要因となります。

なぜこんなことが起こるのでしょうか?

なぜ減税でむしろ企業の利益が悪化するのでしょうか?

結論を先に言えば、「法人税率が引き下げられることで繰延税金資産の価値が下落して、一時的に損失が発生するから。」ということになります。

こんなこと言われても意味不明ですよね!?笑

米国で法人減税が行われれば30年ぶりの快挙となります。30年って僕の年齢と一緒です。30年に一度、一生に数度しか目撃しない歴史的イベントです。

せっかくだから、その法人減税が企業決算に与える意外な負の影響を、米国株投資家のあなたに知っておいて欲しいなって思い記事を書きました。

簿記テキスト的には「税効果会計」という論点となり、難易度は簿記1級レベルです。テキストで読むと小難しくて眠たくなるところです。

ここではなるべく分かりやすく、かつ簡潔に説明してみようと思いますので、よかったら聞いてください。
分かりにくかったらごめんなさいm(__)m

繰延税金資産とはデパートの割引チケット。法人税率が下がるとチケットの割引率が下がっちゃう・・

大企業のバランスシートを見ると、ほぼ例外なく「繰延税金資産」なるものが計上されています。英語では、”deferred tax asset”や”deferred income tax”と言います。

米国の金融機関は特に多額の「繰延税金資産」を計上しています。シティグループは約460億ドル、バンク・オブ・アメリカは約200億ドルの「繰延税金資産」を計上しています。

企業にとって「繰延税金資産」とはあればあるほど嬉しいものではあります。資産って付いているくらいですからね。

会計の世界で「資産」とは何か?
最近よく例示していますが、ロバート・キヨサキ氏の説明が一番分かりやすいです。

資産とはあなたのポケットにお金を入れてくれるもの

「繰延税金資産」もこの資産の定義に該当します。「繰延税金資産」は企業にキャッシュをもたらします。

この「繰延税金資産」って何でしょうか?

「繰延税金資産」とは、前払いした法人税のことで、将来の法人税を減額する効果があるものです。

こんな一文読んでも意味不明だと思います。以下、「繰延税金資産」についてもう少し詳細に説明してみます。

会計と税務は違う

サラリーマンのあなたは所得税を払っていますよね。その所得税は所得に税率を乗じて算出されます。所得と収入は違います。あなたの年収が500万円だとしても、その500万円全部に所得税がかかるわけではありません。

所得=収入-必要経費 です。サラリーマンにとっての必要経費は基礎控除や扶養控除として一定の額が定められています。年収500万円なら基礎控除は150万円ほどになるはずです。

給与所得=収入(500万円)-必要経費(150万円)=350万円。この350万円に所得税率を乗じて所得税が計算されます。源泉されているので普段あまり意識はしないと思いますが、このような計算がされた上で私たちの所得税は決まっています。

所得税について語ることが趣旨ではありません。言いたいことは、税金は収入から経費を差し引いた所得(つまり利益)をベースに課税されるということです。

これは法人税も一緒です。

法人税も売上高から諸々の費用を差し引いた利益をベースに計算されます。めちゃくちゃザックリ言えば、売上高が100億円で費用が60億円なら利益は40億円で、その利益40億円に法人税率38%を掛けると法人税が計算されます。

こんな単純に済めばいいのですが、実際は複雑な計算が必要です。
なぜ複雑な計算が必要なのか?

それは、会計と税務が完全には一致しないからです。

いやね普通に考えたらさ、法人税の計算なんて超イージーなはずですよ。だって法人税って「利益×税率」ですよ。その利益は決算を行う中ですでに計算済みではないですか。法人税計算のために一から利益を算定する必要なんてないです。すでに利益は計算済みです。

その計算済みの利益に税率掛けて法人税額を算定すれば終わりじゃんか?
って思いませんか。

でもね、、そう簡単にはいかんのです。会計では費用だけど税務では費用(損金)に認めてくれない項目がたくさんあります。

基本思考として、会計は費用を積極的に計上させたいけど、税務は費用(損金)を積極的に計上させたくないです。

会計はガンガン費用を計上しろ!って発想です。

会計は投資家の皆様に正しい企業の収益性を開示することが目的ですが、経営者は自社の成績をよく見せたい誘惑に駆られています。決算とは自分で自分の通知表を作るようなもんです。経営者は費用をなるべく小さくみせたい、費用は今期ではなく来期に回せないかな~と考えがちです。

そういう経営者の誘惑を抑えるために、会計基準では当期に発生した損失はきちんと当期の決算書に織り込むよう要求します。たとえ、その費用算定に見積もりの要素があったとしても合理的に推定計算できるならば、費用計上しなさいと会計基準は経営者に要求します。監査法人もそれをチェックします。

例えば、iPhone8とiPhoneXが発売されたら旧式のiPhone7は売れなくなる可能性が高いです。であれば、iPhone7の在庫は将来損失になる可能性が高いから、先に在庫廃棄損を見越し計上しておく必要があります。
(実際は知りません。あくまで例です。)

一方で、税務は費用はなるべく計上するな!って発想です。

考えてみて下さい。政府・地方自治体はたくさん税金が欲しいのですよ。たくさん税金をGetするには企業にたくさん稼いでもらう必要があります。企業の利益が増えれば増えるほど、たくさんの税金を徴収できます。

ってことは、税金を徴収する側の発想としては安易に費用(損金)を計上するなってなりますよね。だって、費用(損金)を計上するとその分利益(所得)は減少しますから。利益(所得)が減少すると税金は減っちゃいます。

だから、税務の世界では費用は超保守的にしか計算しません。見積もり計算とか基本はダメです。「iPhone7はもう売れなくなるから先に会計上費用処理しました。だから、税金も安くしてといてよ~。」って言っても税務は認めてくれません。ちゃんと将来廃棄するなりして費用が確定して始めて、税務上はその費用を損金として認めてくれます。

会計上の費用≠税務上の費用(損金)

もっと言えばこうなります。
会計上の費用 > 税務上の費用(損金)

会計上の費用の方が税務のそれより概念が広いです。会計でせっかく費用処理したのに税務ではその費用が認められないことはよくあります。

会計と税務の差異こそが「繰延税金資産」である

さて、この会計と税務の違いを理解したうえでようやく、繰延税金資産を理解するステップに進みます。

会計上は費用だけど、税金計算では費用にならない項目があると分かりましたね。

ここで会計はこう考えます。

会計上は費用だけど法人税計算では費用にならない差異があったとしても、その差異は将来は解消されるはずだよな。いつかは税務上でも費用(損金)に認められて、それは法人税を減額できるはずだ。ってことは、たとえ税務上損金にならず所得が大きくなって税金が増えても、それはあくまで税金を一時的に前払いしているだけだな。前払いしている税金相当分、いつか将来の税金支払額を減額してくれるはずだよな。

その将来の税金が減額される分について資産計上すべきだと、会計は考えます。いつか税務上も費用(損金)に認められれば、その時に法人税は小さくなりますよね。費用(損金)が増えるってことは、法人税算定の基礎となる利益(所得)が小さくなることを意味しますから。

資産とはあなたのポケットにお金を入れてくれるもの

将来の法人税が減るってことは、将来間接的にお金を貰うことに他なりません。それはロバートが言う資産の定義に合致します。将来の支払いが減るってことは、将来のキャッシュインに等しいですから。

会計上は費用だけど税務では費用(損金)にならない。その影響で法人税を多めに前払いすることになる。でも、前払い税金相当分、将来の法人税は小さくなる。その将来の税金を小さくできる金額を「繰延税金資産」として企業は資産計上します。

繰延税金資産とは、会計と税務に差異があるせいで法人税を過大に前払いしている分です。

繰延税金資産とは、将来の法人税納付額を引き下げる効果があるものです。

いかがでしょうか?
これが繰延税金資産の説明となります。

わ、わかってますよ、、ここまで読んでも分かりづらいですよね。てか、ここまで一読しただけで「繰延税金資産」を理解できたなら、あなたは超秀才だと思います。

ってことで、もうちょっと柔らかく説明してみます。

「繰延税金資産」はデパートの割引チケット

「繰延税金資産」はデパートの割引チケットのようなものです。

デパートの割引チケットって考えたら、「繰延税金資産」が資産なのも納得ですよね。商品券とか割引チケットは紛れもなく資産ですよね。使ったら値引くことができるのですから。

「繰延税金資産」は将来の法人税の割引チケットです。

冒頭に私はこう言いました。
法人税率が引き下げられることで繰延税金資産の価値が下落して、一時的に損失が発生するから。

法人減率が下がると、法人減税の割引チケットたる「繰延税金資産」の価値が下がるんです。

なぜでしょうか?

税率が下がるからです。

「繰延税金資産」はあくまでもそのチケットを使った年度の所得を圧縮して、法人税を安くする効果があるものです。でも、将来の法人税率が低下したらその所得圧縮の価値が小さくなると思いませんか。

法人税率38%なら100億円所得を圧縮できれば38億円の減税効果があります。でも、もし法人税率が20%になったら100億円の所得を圧縮しても20億円の減税効果しかありません。

繰延税金資産というデパートの割引チケットは、なるべく法人税率が高い時に使ったほうがお得なんです。だって、その方が割引率が高いからです。

法人税率が下がると、繰延税金資産というデパートの割引チケットの割引率が低下します。

嫌ですよね?

せっかく今まで38%offのチケットを持っていたのに、急にデパートから「明日からあなたが所持している割引チケットは20%offとなります。ご了承ください。」なんて通知が来たら凹みますよね。残念ですよね。損した気分になりますよね。いや気分というか実際に損ですよね。

「ああ、こんなことになるならもったいぶらずに、チケット使っておけばよかったー」って思いますよね。

法人税率が低下して、繰延税金資産の価値が下がるとはこういうことです。デパートの割引チケットの割引率が下がっちゃうんです。

割引率が低下すれば、当然その割引チケットの価値も下がります。それは会計上評価損として認識せねばなりません。

つまり、「法人税率が引き下げられることで繰延税金資産の価値が下落して、一時的に損失が発生する。」ということです。

法人減税初年度、企業の利益が悪化しても慌てない

法人減税初年度は、金融機関を中心に予想外に米国企業の利益が悪化する可能性があります。

日本でも2011年度法人減税の影響で企業の利益が悪化しました。ユニ・チャームは従来予想より純利益を100億円以上も下方修正しました。東芝は500億円程利益が悪化しました。

かつて日本企業で起こったことが、今後アメリカ企業でも起こります。特に「繰延税金資産」を多く計上している金融機関で顕著に影響が見られるかもしれません。

法人減税は株主にとって長期的にプラスなのは間違いないのですが、実は短期的にはマイナスの影響も大きいです。大企業ほど多額の「繰延税金資産」を計上している傾向にあります。

税制改正は不確定外部要因のため、企業のガイダンスに織り込まれていないことも多いでしょう。法人減税初年度に予想外に利益が悪化して予想EPSを下回っても、冷静に要因を確認しましょう。慌てて売ってはいけません。

法人減税は初年度に利益どころかむしろ損失をもたらすということを、頭の片隅にでもいいので置いておいてもらえればと思います。