株式投資家として投資先を決めるうえで考えることは多くありますが、多くの人は先ずEPS、ROE、配当利回り、増益率、キャッシュフロー成長率などを確認するはずです。つまり会社の業績指標です。

多くの人は先ず企業の業績に注目するはずで、それは正しいことだと思います。だって投資した企業が社会に価値を生んで収益を上げてこその株主利益のわけですから。会社の収益性をチェックすることが最も大切であるということに異論はないです。

そして、その業績に比べて株価が割高か割安かをPER等の指標を使って判断するでしょう。

  コンプライアンスも大事

多くの投資家はあまりに、企業の収益性や成長性ばかりに目を奪われているのではと思います。

収益性も大切ですが、それと同じくらい大切なことがあります。

それは、コンプライアンスです。経営者の誠実性と言ってもいいかもしれない。経営者がどれだけ株主利益を真摯に考えて株主のお金を運用してくれるかということです。

経営者と株主の利益は必ずしも一致しません。

経営者が単に規模を追求して無分別に割高な企業買収を行えば株主利益は棄損してしまいます。経営者が見栄を張るために豪華な本社ビルを建設するかもしれません、そのビルの建設費用は株主のお金だというのに。

これは、株主と経営者間のエージェンシー問題と呼ばれるものです。

このエージェンシー問題は所有と経営が分離した現代の株式会社経営では不可避ですが、なるべくこの問題を軽減する仕組みを構築している企業への投資が望ましいです。

なぜなら、たとえ高収益な企業であってもその収益が適切に株主に還元されなければ意味がないからです。

物やサービスを売って企業にお金が入ってくればそれだけでいいわけではありません。そのお金を配当などできちんと株主に還元する、あるいは資本コストを十分上回る事業案件に投資して株価を上昇させる、といった経営管理(株主の資金運用)をきちんとやってもらう必要があります。

 株式報酬+自社株買い

このエージェンシー問題を解消する重要なツールとして経営陣への株式報酬と自社株買いの組み合わせがあるのではと思っています。

株式報酬だけでは不十分

株式報酬とはストックオプションのことで、現代の大手米国企業の報酬の6割はストックオプションで、現金報酬は半分以下です。1980年代は現金報酬が8割弱を占めていましたが、時代が経つにつれて株式報酬の割合が上昇してきました。

なぜ、ストックオプション(株式報酬)が増えているのか?

その表面的な理由としては、株主と経営者の利害を一致させる、エージェンシー問題を軽減するというものです。

ストックオプションを付与されると経営陣の報酬は株価に左右され、株価が上がれば経営者報酬も上がることになります。そしてもちろん、株主も株価が上がれば嬉しいですね。

でも、この発想には盲点があります。

それは配当が利害対立の要因になるということです。

配当は既存株主にのみ恩恵があって、潜在株主(ストックオプション保有者)には恩恵がありません。配当をしてしまえば、配当落ちで株価が下がるのでストックオプション保有者である経営者には経済的にマイナスだと言えます。

つまり多額のストックオプションを付与された経営者はこう考えるリスクがあるということです。
「今期は景気がよくて利益がたくさん出たし、手元にはキャッシュがたくさん余っているな。増配して株主に還元すべきだよな。待て待て、配当出し過ぎると株価が下がって俺のストックオプションの価値が下がってしまうじゃないか!やっぱり配当はほどほどにして内部留保しておこう。」

経営者には配当で財産を会社外に流出させるより、内部留保を増やしたいというインセンティブが働いてしまうのです。このような発想で内部留保を増やしても大体そのお金はうまく使われず、最終的には株価を下落させて株主利益を棄損させることになります。もちろん株価が下落すればストックオプション価値も棄損します。つまりLose-Loseになってしまうのです。

株式報酬だけでは株主と経営者間のエージェンシー問題は解消されません。

株式報酬で株主利益と経営者利益が同じ方向に向くわけではなく、株価と経営者利益が一致するだけです。

自社株買いでwin-winに

ストックオプション制度だけでは不十分。ここに自社株買いという選択肢が加わることで株主と経営者の利害はかなり一致してきます。

ストックオプション制度だけだと配当金が問題だと言いました。配当金は株主の財布には嬉しいけど、経営者の財布には悪影響。なぜなら配当落ちで株価が下落してストックオプション価値が下落するからです。

だから、経営者は過剰に内部留保を増やそうとしてしまいます。

それを防止するのが自社株買いです。

自社株買いは既存株主に直接現金を配布する配当金とは違います。自社の株式を市場から回収して発行済み株式数を実質的に減少させ、一株当たり利益を上昇させ、それによって株価を上昇させることによって株主利益に貢献します。

ここに自社株買いが配当金と大きく異なる点があります。それは配当金は既存株主のみに恩恵がありますが、自社株買いは潜在株主であるストックオプション保有者にも恩恵がある点です。

つまり、ストックオプションを付与された経営者は、社内に潤沢な資金が余っているとき積極的に自社株買いをしたくなるということです。なぜなら、自社株買いをして株価が上がれば自分のストックオプション報酬も増加するからです。

自社株買いは一般的には既存株主にとっても利益をもたらします。

株式報酬+自社株買い=最強?

株式報酬だけではエージェンシー問題解消には不十分。経営者に過剰な内部留保を溜め込む誘因があるからです。

自社株買いだけではエージェンシー問題解消には役立たない。経営者にストックオプションが付与されていない限り、自社株買いをしても経営者報酬は増加しないからです。

株式報酬+自社株買い

この二つはとても相性がいいわけです。

この二つを組み合わせることで株主の利益はかなり守られているのではと思います。

実はこれでも完ぺきではありません。株式報酬+自社株買いでも株主の利益は完全に守られるわけではありません。

株式報酬と自社株買いを組み合わせても、なお既存株主には2つの問題が残ると考えています。

1つは、ストックオプション対象者がいると自社株買いによる還元額のうち一部をストックオプション対象者に奪われてしまうということ。
参考記事
自社株買いが既存株主に与える意外なデメリット

ただ、この影響は大企業であれば金額的には軽微なのが普通なので無駄に内部留保されるくらいなら、たとえストックオプション保有者に還元額の一部を奪われたとしても、自社株買いをしてもらったほうが既存株主にはプラスだと思います。

2つ目は、経営者が短期主義・保守主義に走りがちという問題です。つまり、有望な投資案件があっても過度に保守的になって自社株買いを増やして、短期的に株価を上げればいいやという発想になりがちということです。

いつでもすべて株主還元をすればいいわけではありません。目の前に利回り20%を超えるような投資チャンスがもしあれば、その時は自社株買いなんてせずに事業投資にお金を回すべきです。でも、経営者にストックオプションが付与されていると、投資リスクを過度にビビってとりあえず安パイに自社株買いしておくかという発想になりがちです。

ただ僕は、このような経営者の過度な保守性や短期主義は社会利益には悪影響でも、株主利益にとってそれほど問題ではないと思っています。
(このあたりの思い・考えはこの記事では書ききれないので割愛。別途書きます。)

株式報酬+自社株買いであってもなお問題は残るのですが、それは大きな課題ではないと思います。

米国企業は株式報酬の割合が高く、それがしばしば短期的な株価追求だと批判されることがあります。でも、米国企業株主の我々としては株式報酬の割合が高いことは歓迎すべきだと私は思っています。

自社株買いという制度があることで、株式報酬制度はエージェンシー問題を解決するツールとしてうまく機能していると思います。

長期投資家として、50年続く高収益ビジネスかが最も気になるところかもしれませんが、50年間自分のお金を安心して預けられる仕組みがあるのか、常に株主利益向上を最優先に考えてお金が使われる仕組みがあるのかという点にも関心を向けるべきです。