自社株買いとは配当に準ずる株主還元です。
企業が市場から自社株を買い取ると、通常株価は上がります。

自社株買いで株価が上がる理由は、発行済み株式数が実質的に減少して将来の一株当たり配当金が上昇するからです。
将来の一株当たり配当が上昇すれば、その現在価値である株価も上がります。

これは一つの事実ではあります。
ファイナンス理論的には正しい(はずだと私は思っている)。

では、もうちょっと実務的に自社株買いの効果を考えてみたいと思います。

突然ですが、質問があります。

あなたが投資する企業が100億円の余剰資金を持っています。
以下の2つの選択肢があります。
あなたはどちらを選びますか?

①全額配当してもらう
②全額自社株買いしてもらう

①と②、どっちが株主であるあなたにとってお得でしょうか?

税金を無視すれば、①の配当の方がお得だと思います。
自社株買いは配当に劣後するというのが持論です。

ちょっとこの話をシンプルに考えてみて下さい。
①の配当だと、株主に実際にキャッシュが入金されます。一方で②の自社株買いだと、株主にキャッシュは入ってきません。

いや、でも②自社株買いをすれば入金はないけど株価が上がるからいいじゃんって思いますか?

株価が上がるから自社株買いでも良いという判断になり得るでしょうか?
そもそも、株価って株主リターンに関係あるのでしょうか?

あなたは株を永久保有すると想像してください。
あなたの株主リターンのすべては配当によってもたらされますよね。

途中売却で割高に売れた割安で売ってしまったというのは、個々の株主間の富の移転に過ぎず資本家全体で考えれば株主リターンとはすべて配当金です。

あるビジネスに有限責任で投資して、そのビジネスで稼いだキャッシュについて持ち分相当を受け取る。
これが株式会社制度です。

自社株買いを投資家は喜ぶべきと私は何度も言っています。
でも、私が言うのもなんですが、本当に喜ぶべきなんでしょうか?
(確かに喜んでいいのですが。)

だって、自社株買いって実際に株主の手元にキャッシュは入ってこないんですよ。

なんで手元にキャッシュが入ってこないのに、それが株主還元になるのですか?
株価が上がるってことは一旦忘れて永久保有を前提に考えてみてください。

永久保有なら株価の上下はリターンに関係ないですよね。
それでも自社株買いに意味はありますか?

意味はあります。

では、どういう意味でしょうか?

自社株買いの意義っていったい何でしょうか?
自社株買いってとどのつまり何をしているのでしょうか?

私の考えを言いますと、自社株買いとは今払える配当金を将来に繰り延べているだけです。

自社株買いの本質とは配当の後払いだと理解しています。

今株主に払える100億円を、将来に亘って長く薄く払っていくイメージです。

自社株買いをすることで、将来のDPSが増えます。
ポイントは将来ってことです。

将来たくさん貰える配当金を織り込んで、株価は上昇するだけです。

不思議だと思いませんか?
なんで、わざわざ自社株買いをして配当を将来に繰り延べるのって。。

なんで後払いにするのって。
今即金で払ってよ!って思いませんか?

先の質問はこう変えることができます。
①今すぐ貰える100億円(配当)
②将来にかけてゆっくりもらう100億円(自社株買い)

どっちがいいですか?

普通に①がいいと思いませんか?

それは現在価値で考えて将来のキャッシュインより、今のキャッシュインの方が価値が高いという意味でもそうですし、何よりも、ビジネスの世界において将来はリスクに満ちているという意味でも①が好ましいです。

将来はいつも不確実です。
そんな不確実な将来に配当支払いを延期するのが自社株買いです。

極端な例を言います。
ある会社が100億円の自社株買いをしたとします。
その翌年、突然不正会計が発覚して巨額の隠れ債務があることがわかりその会社は倒産してしまった。

この時、昨年の100億円の自社株買いは既存株主に何の利益があったのでしょうか?
何の利益もないですよね。
もしそれが配当だったら、その100億円はしっかり株主のお財布に入っていたのです。
自社株買いを選択して配当を将来に繰り延べたけど、その肝心の将来に配当を払えない状態になってしまったということです。

将来の配当金って、将来きちんと利益が出続けることが大前提ですよね。
将来も今も変わらずに、配当をたくさん出せるくらいにビジネスが順調に進む必要があります。

このように、自社株買いとは今すぐ払える配当金を単に将来に繰り延べているだけです。
しかも、未来永劫倒産せずに事業が継続する必要があります。
事業環境が目まぐるしく変化するスピード経営な時代だと言うのに。。

なんで、わざわざ配当を後払いにするのでしょうかね?
どんな優良企業であっても、ビジネスの将来は不確実です。
なんで、そんな不確実な未来に配当支払いを先延ばしにするのでしょうか?

それは、配当は少しずつ増やしていきたいという気持ちが株主としても経営者としてもあるからだと思います。
すべてを配当にしたら持続的な配当水準でなくなるからでしょう。

それと、多くの経営陣はストックオプションを与えられているから、自社株買いを積極的にやりたいインセンティブがあります。

理想論を言えば、自社株買いなんて一切止めて全部配当すればいいんです。

私は自社株買いを称賛することが多いです。
それは本音です。
たくさん自社株買いをしている会社は、株主想いの優良企業だと思います。

ですが、私の理解では自社株買いより配当金の方が既存株主には経済的にプラスです。

自社株買いは将来の配当金を増やすためのサポート役に過ぎません。(かなり大きなサポートではありますが。)

どうサポートするかって、繰り返しですが自社株買い相当額について未来の配当金を増額させるということです。

なんて言うのか、自社株買いって「焦らし」ですよね。

今はまだダメよ、、来年まで待ちなさい。みたいな。

もちろん、実際にはその未来の配当が株価に反映されるので既存株主にもすぐに好影響はあるのですがね。
途中売却を考えていない長期投資家にとって、自社株買いとは目の前にお金をぶら下げられて、焦らされているようなもんです。

さっさと頂戴よ!って言いたいところ。

 

ちょっと、自社株買いを批判的に書いてみました。自社株買いを批難しているような文章に見えるかもしれませんが、あくまでも配当と比較した場合の話です。

利回りの高いビジネス投資案件がない場合の企業のお金の使い方として自社株買いはとても有効です。自社株買いも株主還元には違いありませんから。余ったお金は無駄な投資に使わず無駄に内部留保もせず、配当でも自社株買いでもいいから株主に返せばいいんです。

その株主へのお金の返し方としては、自社株買いよりも配当の方が良いと考えています。
ツケ払いは誰だって嫌ですよね。

 

 

P.S. (会計オタク話)

ここからは会計オタク的な話です、、すみません。

自社株買いで思うことがあるんです。
それは自社株買いって税効果会計の繰延税金資産と同じだな~ってことです。

繰延税金資産って、会計上は費用になるけど税務上は損金にならない項目について税務上加算するけど、将来の税金減額効果があるから資産計上しましょうってやつです。
でも、この税金資産は必ず計上できるわけではありません。
将来、その損金と相殺できるだけの税務所得があってこその税金資産です。将来の利益があってこその税金資産です。

そりゃ本音を言えば、今すぐ損金として所得から控除して税金減らして欲しいですよね。
でも、諸々の理由で法人税法は曖昧な費用を否認します。
で、その費用が客観的に確定したら損金OKですって。
確かに将来の税金減額効果を有するという意味で資産ですけど、未来はいつも不確実です。
不確実な未来に依存するのが繰延税金資産です。

自社株買いも同じだなって。

今すぐ配当で払えばいいのに、未来に繰り延べる。
その未来は不確実なのに。

でも、、この繰延税金資産と自社株買いとで大きな違いが1つあります。

それは繰延税金資産の計上は法律で決められていて仕方なく受動的にやっていることですが、自社株買いは経営者が自らの意思で能動的にやっているということです。