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面白い人が女子にモテる時代 「面白いこと」は価値がある 

   

たくさんお金を稼ぐ人って、頭が良くて高学歴でお勉強ができる人というイメージがあります。

イメージというか事実でもありますが。ソフトバンクの孫正義社長はカリフォルニア工科大学バークレー校出身ですし、楽天三木谷さんは一橋大学です。米国に目をやれば、Amazonのジェフ・ベゾス氏はプリンストン大学出身で、Facebookのマーク・ザッカーバーグ氏はハーバード大学出身です。

確かに世の中の大金持ちには所謂「学歴エリート」が大勢います。

一方で、こういう資産ウン兆円を持っているような大富豪ではなく、庶民レベルでは十分お金持ちと言えるレベル、例えば年収数千万円とかは必ずしも学歴エリートばかりではありません。最近特にそう感じます。

お勉強ができることと、お金を稼ぐことの結びつきが弱まっていると強く感じます。

どこでそれを最も感じるかと言えばYouTubeです。人気YouTuberの中には大学を卒業していない人、中卒の人も大勢います。お勉強はめっちゃ苦手だけど、YouTubeではチャンネル登録者が大勢いて再生数も多くあって、そこらのサラリーマンの年収を超えるほどの広告収入を稼いでいる人は普通にいます。

で、改めて思うのが、お金を稼げる人ってお勉強ができる人ではなく社会性の高い人だということです。社会性です。お金を稼ぐには、学歴が高いとか資格を持っているとかではなく、どれだけ社会性の高いスキルを持っていて、そのスキルで生み出す価値を社会に還元できるかが重要なんだと感じます。

社会性が高いとは、自分以外の他人に与える影響が大きいという意味です。

ビジネスって平たく言うと人助けです。この社会は誰かを助け、そして誰かに助けられてという相互互恵によって成り立っています。助け合いです。誰か他人をたくさん助けることが出来れば、それに相応しいお金を稼げるよ!という人参をぶら下げることで、人々は積極的に人助けをしようと頑張ります。

それがこの社会のルールです。

誰も好んで人助けしているわけではありません、普通は。「仕事なんて、しなくていいならしたくねーよ!」って思っている人の方が多いでしょ。人助け大好き、無償の愛を提供するわ、給料なくても仕事やります!って人はほとんどいないはず・・。私も当然無理です、そんなの。

自分が社会のサポートを受けていい生活を送るためには、誰かの人生のサポートをしなくちゃいけない。だから、みんな仕事という名の人助けをしています。

贅沢な生活を送るためには人の助けが必要です。豪華なマンションも高級車も高級ワインも自分で作ることはできません。お金を払って社会から調達する必要があります。
そんな贅沢な生活をしたけりゃ、それに相応しいくらいあなたも人助けをしなさいというのが社会のルールです。

仕事を通じて誰の人生もサポートすることなく、自分だけがいい生活できることはありません。そんなことできるのは、実家に寄生しているパラサイトニートくらいです。
あとは玉の輿に乗った専業主婦くらいかな。その玉の輿専業主婦ですら、旦那様の仕事のサポートを通じて社会に価値貢献していると言える、、、かもしれません。

社会性が高いとは、たくさんの人を助けることができるということです。たくさんの人の人生を幸せにできるということ。

 

 

インターネットという「場」

勉強していい学校に入り真面目に卒業して有名企業に就職する。昔も今もこういう典型的なサラリーマン街道があります。誰もが知っているようなトヨタ自動車とか三菱商事とかの大企業に入社して、毎月高額なサラリーを貰うことが経済的に豊かになれる王道でした。

それは、こういう生き方が最も社会性が高かったからです。

上場企業のビジネスはめちゃくちゃ社会性が高いですよね。その企業の製品やサービスがなければ生活できない!っていう人が大勢います。大企業は儲けまくっていると批判されがちですが、それだけ世の中に必要とされる商品を提供しているから儲けているだけです。

大企業が利益をガッポリ稼いでいて、大企業の社員の給料が高いのは当然と言えば当然です。社会性の高い事業を行って、大勢の日本国民また世界の顧客の生活の質を向上させているのですから。

個人で社会性の高いことをやるなんて無理だから、既存の社会性の高い事業を伝統的に行っている集団の仲間に入るということ。これがサラリーマンの生き方です。賢い生き方だと思います。自分一人で社会性の高い存在にはなれないから、何らかの会社に属して社会に参加するという方法です。

ただ、最近思うのが、会社という集団に属さなくても社会に価値を提供することが容易になっているということです。自分自身の社会性を世の中に還元できる環境が整いつつあるなあとヒシヒシと感じています。

そもそも、大企業などの会社に属することでしかお金を稼ぐことができなかったのは、各個人に社会性がないからではありません。会社は人の集まりなのですから、各個人に社会性がなければ会社の存在意義も疑わしいです。

そうではないと思います。

各個人は本来それぞれ自分なりの社会性を持っているのだけど、それを伝達する術が昔はなかったのだと思います。

勉強してきたこと、
友達と遊んできたこと、
異性とデートしたこと、
部活で汗と涙を流したこと、
趣味のミュージカルをたくさん観たこと、
ゲームに嵌ったこと、
一日中漫画を読みふけったこと、
海外旅行に行ったこと、
これらの体験・経験・学習にはすべて社会性があるはずです。あなたが当然と思っている知識や経験を必要としている人は、どこかに必ずいるはずです。日本には1億人以上の人がいるのですから。

ただ、かつてはこれらの社会性のある知識や経験値を保有していても、それを世の中に還元する「場」がありませんでした。宝の持ち腐れになっていることがほとんどでした。

でも、時代は変わりました。
現代は違います。
現代には「場」があります。

その「場」とはインターネットです。

かつては会社に勤務することでしか還元することができなかった社会性が、個人が世の中に直接還元できる時代が到来しています。

 

 

面白い人が大人になってもモテる

今まで光輝いていながらも、なかなか社会に届かなったか光が社会に届き始めるようになりました。

今までは無価値だと思われていた社会性が、実はとても高付加価値な社会性だということに皆が気付き始めていると思います。

その社会性とは「面白いこと」です。
楽しい、感動、笑顔、爆笑。

サラリーマンとして会社で働くときって、「面白いこと」って何か価値を生みます?
そりゃ、面白い人の方が一緒に仕事したいと思われて得だし、宴会でも人気者になりますよね。
でも、仕事の現場では面白いことって別に価値を生まないですよね。面白いことはそれほど必要とされません。

どちらかいうと、真面目・誠実・堅実といった要素が求められます。
それは大事なことですが。

じゃあ「面白いこと」に価値はないのでしょうか?
まさか、、そんなわけありませんよね。

み~んな、「面白いこと」にたくさんお金を使っています。お笑い番組好きな人も多いでしょうし、映画を観るのが好きな人も多いでしょう。娯楽産業というジャンルがあるくらいですから、面白いことや楽しいことには金銭的価値があるのです。

昔から面白い人はたくさんいました。クラスの人気者みたいな人いましたよね。いつもクラスを盛り上げて、みんなを笑わせることができる人。

知的な面白さではなく、いわゆるお笑い芸人的な面白さを持っている人って実はとても大きな社会性があると思います。だって世の中の疲れたサラリーマン・学生は面白いことを求めているのですから。癒しでしょうか。オアシスみたいな。

面白いことは社会的な価値があります。

子供時代はまさに面白いことに価値があったはずです。いつも勉強ばかりしているガリ勉君は大体人気が無く、スポーツが上手で面白いお調子者が人気者で女子にもモテるのが普通でしたよね。

大人になると(年を重ねるごとに)その法則が徐々に変わって、社会人にもなれば真面目で勤勉であることが美徳とされます。面白いことの価値は急速に失われます(そう見えます)。女性にモテる人も面白い人から、真面目で仕事ができる人に変わっていきます。

ただ、その変化は本質的ではないと思います。
本当は面白いことには依然として価値があるんです。でも、それを発揮する「場」が今まではなかったから、あたかも面白いことは価値がないことだと思われるような風潮があったのではないでしょうか?
私はそう思います。

老若男女みんな面白いこと、楽しいことが大好きですよね。てか、楽しいことでもないと仕事なんてやってられんって感じですよね。

人気のあるYouTuberは大体みんな面白いです。「ああ、こいつら小中学生の頃やんちゃしてただろうな~、女子にモテたやろうな~」っていう感じの人が多いです。

サラリーマン生活に何年も何十年も浸って「真面目に」仕事をしていると、ああやって動画でおちゃらけているだけでお金を稼いでいる若者を不思議に思うかもしれません。

でも、それは何ら不思議なことではないと思います。

なぜなら「面白いこと」には絶大な価値があるからです。
「面白いこと」には高い社会性があるのです。

社会に「面白い」「楽しい」を提供するのは、もはや企業だけではないということです。
ディズニーランドの競合は人気YouTuberだということです。

個人の面白さという社会性が、世の中に還元され始めた。
勉強の苦手なお調子者に光が当たり始めた。
そう思います。

どんな時代も常に共通することは、人に価値を与えることができる人、社会性の高い人がお金を稼げるということです。

人が何に価値を感じるのか?
これは実は時代によってそれほど変化していないと思います。

変化したのは価値を社会に伝達するための環境です。
インターネットという環境。

高学歴の人が得意な「真面目さ」は段々とAIに置き替えられる気がします。
一方で、お調子者が得意な「面白さ」はAIで代替できないと思います。

面白いことの価値は、これからますます高まると思います。
人気職業ランキング、1位お笑い芸人、2位 YouTuberなんていう時代は意外にすぐそこまで来ているかもしれません。

小中学生の時に女子からモテた面白い人が、大人になってもモテ続ける時代になりそうです。
そんな気がしてます。

 

やっとサラリーマンも僕ら芸人並のレベルまで落ちてきたなと思います。これからいよいよ ”国民総芸人時代” です。「いつ仕事がなくなって給料ゼロになってもおかしくない」っていう時代です

有吉弘行

 - 雑談