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キャバクラを楽しめない男は人生を楽しめない

      2018/06/27

20代前半の若い頃、先輩によく中洲のキャバクラに連れて行ってもらってました。僕はまだ若手ペーペーということでお金を払うことはなく、全部奢ってもらいました。普通にめっちゃ楽しかったです。普段なかなか知り合いになれないような美人なお姉さん(当時の自分からすればほとんど全員年上のお姉さんだったと思います。)と楽しく会話できて、お酒も飲めてここは天国かと思いました。「これが大人の世界か~」って感じで。あとやっぱりタダでしたからね。

昔先輩に奢ってもらったなら自分が先輩になったら後輩に驕らなきゃ・・、という思いは心の隅っこに持ちつつも実践できてません。今はもうキャバクラには全く行かなくなりました。誘われても全断りです。てか飲み会にすらほとんど行ってません。「あいつは付き合い悪い」って多分社内で思われてます。お酒は好きですが、もっと優先したいことが他にあるので。ブログ更新したり本読んだりとか、あと諸々。1日24時間じゃ足んないです・・。

でキャバクラの話。具体的には覚えてないけど、ある日を境にキャバクラが全く楽しめなくなりました。

なぜ楽しめなくなったのか?

それは「どうせ金目的、商売でしょ。給料貰えるから好きでもない兄ちゃん、おっさんに笑顔振りまいてお酒注いでいるだけでしょ。」って思ってしまったから。いや、こんなこと言わなくても当たり前だし、最初からそれくらいわかった上で行けよ、って思われそうですがなんか最初はこういう発想なく純粋に楽しんでました(無知は時に幸福をもたらします)。でもある時、ふとこんなこと思ってキャバクラには誘われても行かなくなりました。行く気が失せました。先輩にあまりに奢らせるのも悪いし。。

ってなことを思っていたのですが、最近ヤフーニュースをあさっていたらこんな記事を発見しました。

「キャバクラを楽しめない男」に元キャバ嬢作家が喝!「祭りにノレる男は出世する」

この記事の中で、元キャバ嬢の方がこんなことをおっしゃっています。

記者「今は昔と違って、普段「女性に尽くされたり、女性に偉そうにしたりする」ことがないから、そういう店でどうしていいか分からないというのもありそうです。トイレから出たらおしぼり持って待ってたりするじゃないですか。」

元キャバ嬢いいんですよ、お金払ってるんだから。お金払ってない女性にやったら嫌われるけどね。そういうロールプレイングゲームだと思って行ってください。」


あ~なるほどな~って思いました。すごい為になるコメントでした、自分としては。この記事に対するコメント欄を見るとかなり評判悪いようですが、僕は凄くいい取材だと思いました。

 

 

なんか社会人になって、特に株式投資の世界を知って金融の勉強をしてから、世の中・社会に対して斜に構えてしまうことが多くなりました。「資本主義社会には、あなたにお金を使わせるための罠がたくさん仕掛けてあるんですよ。その罠に引っ掛かることなく、賢くお金を貯めて投資をしましょう。」「証券会社の窓口で金融商品なんて買ったらぼったくられるよ。」「保険なんて安易に入ったら損するよ。」とか、こんなことばっかり本で読んでしまったもんだから、「うえ、、大人の社会ってこんな薄気味悪いところなんだ・・やだやだ」って22歳くらいの頃よく思ったものです。

世の中の商売、サービスに対して疑心暗鬼になってしまっていた自分がいました。投資・金融の勉強をしたことが拍車を掛けました。

「ディズニーシーのフライドチキンやランチビュッフェなんて、原価を考えたらめっちゃ高いやろ。こいつら儲けすぎだろ。やだやだ、俺はこんなところでお金を落としたくない。」

「このサイトで売られている情報商材はどうせ大した価値のない薄っぺらいやつだろ。売り逃げすればいいや、くらいに考えてんじゃねーの。ちょっと興味あるけど絶対に俺は買わない。」

とかまあ、例を挙げればキリがないのですが、とにかく世の中にある商品やサービスに対して疑いの目を向ける癖が身に染みついていました。「どうせ全部金目的だろ?」って。なんか性悪説を信じている心の汚い奴でした。

でもよく考えれば、資本主義の世の中ってそういうもんです。みんな1円でも多くの利益を求めて商売やっているわけですし、それが悪いわけがありません。資本主義社会ではお金を介して商品・サービスを活発にやり取りして、結果として社会全体が豊かになります。お金を払うから、親族でもなんでもない赤の他人にご飯作ってあげたり(レストラン、コンビニ)、髪の毛を切ってあげたり(美容室、床屋)するわけです。

社会全体の所得水準が上がるに連れて、世帯構成人員数は減っていく傾向にあります。まだ所得が低いインド(平均年収は約20万円)では大家族が一般的です。一人結婚式に呼んだら親族20人が一緒に付いてくると言われるくらいです。一方で、日本では単身世帯が急増しています。私も単身世帯です。

家族の絆が薄くなるほど、愛情空間は狭まり貨幣空間が広がっていきます。

人は愛情空間は尊いもので、貨幣空間を一段下に見下している傾向がある気がします。現に私もそういうイメージを持っています。彼女や奥さんに作ってもらったチャーハンの方が、中華料理屋で食べるチャーハンよりも価値があるというものです。美味しい不味いという問題じゃなくって。そこの感性は人それぞれでしょうが、確かにそれはそうだと思います。やっぱり愛情空間は大切です。愛情空間が極端に狭くなる人生はなんだか寂しいです。

ただ、愛情空間が狭くなり貨幣空間が広くなっていくという社会の流れは止まらないでしょう。

というか、実は今までの社会だって愛情空間よりも貨幣空間の方が圧倒的に広かったわけです。家族や親しい友人に無報酬でサポートしてもらえることも多いですが、やっぱりお金を払って社会から物資やサービスを提供してもらうことの方が遥かに多いです。意識はしてないかもしれませんが。

人生で一番大きい買い物は家と車と言われます。当たり前ですが、どちらも自分で作るわけではありません。家や車を自分で作れるはずありませんねw。どちらもお金を払うことで、社会があなたのために家や車を作ってくれます。お金を払うから野村不動産の営業マンは笑顔であなたにアドバイスしてくれます。お金を払う気がない奴と思われたら、もう相手にはされないでしょう。それは当然です。向こうはビジネスで家を売っているわけですから。

 

 

貨幣空間は広がり続けます。核家族、DINKS、独身、親と同居、色んな世帯がありますが、全体的な流れとして豊かな日本は愛情空間が狭まり貨幣空間が広がっていきます。

こういう世の中で楽しく生きるために大切なことは、貨幣空間に対して斜に構えないこと、貨幣空間を思いっきりエンジョイすることだと思います。「どうせ金目的だろ」って思わないこと。そりゃ金を払わないと相手にされないのは当然です。資本主義社会ってそういう所です。世の中ってそういうもんです。その事実を前提として持った上で、きちんとお金を払って貨幣空間の中で大いに人生を楽しめばいいじゃないですか。

あの元キャバ嬢が言ってました、「いいんですよ、お金を払ってるんだから」って。そう、いいじゃないですか、好きなように楽しめば。ちゃんとお金を払ってるんですから。

別に金を払う側、客が偉いと言いたいわけじゃありません。そこは対等です。キャバクラで言えば、お金を払っているからってキャバ嬢のお姉さんの心を傷つけるような悪口を言っていいわけがないです。飲み屋で客が店員に横柄な態度を取るのも意味不明で理解できません。お金は取引の間に介在するだけで、サービスの提供を受ける側(客)と提供する側(事業主)に優劣はありません。松下幸之助を尊敬していますが、「お客様は神様です」という言葉にはあまり共感できません。

金を払っているから何でもしていいってわけじゃない。そういうわけじゃないですが、金を払っているんだから、その場を全力で楽しむ権利はあるし、その権利を放棄する意味はないと思うだけです。一度の人生なんだから、今のこの社会(貨幣空間が大きく広がっている社会)を受け入れて、全力で楽しんだ方が得だと思うんです。人生楽しんだもん勝ちです。

そういう点でやっぱりお金って大切ですね。お金がないと貨幣空間では一切相手にされませんから。ある意味残酷です。

お金が介在する貨幣空間と、お金が介在しない愛情空間の差は一体何なのでしょうかね?
考えれば考えるほど不思議です。

そこにあまり意識の差を持つ必要はないのかもしれません。血が繋がっている親子を除けば、あとはみんな他人同士とも言えますし。資本主義ってうまい仕組みですよ。全く利害関係のない赤の他人同士が、お金を介してこれだけハイクオリティなサービスを提供し合って、結果として大勢の人がハッピーになれるわけですから。

 - 雑談