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「株式投資とか格好悪いしww」とか言っている奴に上場企業の経理を担う資格はない!

   

「仕事とは、人と人の関係性の中でしか生まれない」

いつか覚えていませんが何かの本に書いてあった言葉で、異様に私の頭に残っている言葉です。

よく考えたらそりゃそうだよなって思います。

経済とは経世済民の略語だと言われています。「世を経め、民を救う(よをおさめ、たみをすくう)」。

仕事とは、もともとは物々交換から始まりました。物々交換には言うまでもなく相手がいます。肉と魚を交換する相手が必然的に必要となります。

物々交換では相手のために価値貢献するという発想はあまりなかったでしょう。仕事という意識もなかったと思います。単純にそれぞれが持っている食料や道具を持ち寄って必要に応じて、価値が同じくらいになるように等価交換しようよって発想ですね。

途中で誰かが気づきました。

「何か不便じゃねえか?」って。

魚をたくさん捕って誰かと交換したいけど、その人が住んでいる村には魚嫌いが多くて誰も魚を欲しがらない。村人は魚ではなく肉を欲しがっている。でも、このまま魚を持ったままにしてたら腐ってしまう。

そこでお金が生まれました。

価値交換の手段としてお金を介在させようと。

そしたら、需要と供給が完全にマッチしなくてもとりあえずお金と交換しておけば、このお金を使っていつでも好きなものと交換することができる。

ナイスアイデア!

でも、この「ナイスアイデア」には欠陥がありました。

それはお金には価値交換だけではなく、価値保存の手段まであったのです。

魚は腐るけど、お金は腐らない

じゃ、お金を使わずに貯蓄して金持ちになれるじゃん!ってみな考えますよね。

この結果、お金という生活循環の血流のどこかに血栓ができてしまい、不況が起こる。マネー経済の弊害です。その血栓を取り除くためには多額のコストが掛かるカテーテル手術が必要となる。

でも、このお金を介するマネー経済は弊害以上の恩恵もありました。それはお金には価値保存だけでなく、価値増殖の機能まであったことです。

魚を1000匹捕まえても、単なる「大量の魚」以上でも以下でもありません。しかし、お金を大量に保存してそれを資本としてビジネスを起こせば、衣食住以上の様々な商品やサービスを創造することができる。そんなビジネスを通じてさらに資本を蓄えることができる。

そこに有限責任の株式会社制度を持ち込むことで、いよいよ巨大帝国企業群が世界に蔓延るようになりました。

最初は単純で良かったのです。相手が見える物々交換なら、自分が捕った魚が相手の手に渡るまで見届けることができる。そこで「ありがとう」と言ってもらうこともできるでしょう。

でも、現代の大企業は違います。

例えば、トヨタ自動車は自動車を製造して販売しているという単純なビジネスです。

しかし、トヨタ自動車の連結従業員数は35万人もいます。この中で、実際に自動車の製造に携わっている人は何人くらいでしょうか?

今の製造工程は多くは自動化されているので、製造工程の人員はそれほど多くはないでしょう。

ではなぜ35万人もの社員がいるのか?それは製造だけではなく、研究開発、営業、総務、人事、法務、経理と様々な職能が必要だからです。

企業の巨大化が進むにつれて、相対的に管理業務に人員を割く必要が出てきます。

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  経理にとっての顧客とは?

私は上場企業の経理部に勤めています。

先日、同僚とこんな会話を交わしました。

「Hiro、お前って株式投資とかやっとるんやろ?」

「ああ、まあね。」

「どういう株を買うん?」

「まあ単純なインデックスファンドとかかな」(米国株とか言うと面倒だから)

「へーそうなんや~」

「お前は、株式投資やらないの?」

「あ俺? 俺はいいよ株式投資とか格好悪いしww 仕事だけでいいや。」

「あっそうなんか。」

私はすべての人に株式投資をやれと言うつもりは毛頭ありません。やった方がいいとは思いますけど、リスクを取ることが嫌いな人はいるだろうし、価値観は人それぞれだし、そもそも生活がカツカツで投資に回せるお金がない人だっているでしょう。

経理部に勤務している人であっても、別に株式投資をするかしないかなんて個人の自由です。大人として社会で仕事をして責任を果たして稼いだ金をどう使うかなんて他人がどうこう言うことではありません。

でもね!!、上場企業の経理部に勤めている人が「株式投資が格好悪い」と言ったらおしまいだと思います。残念過ぎるというか、社会人失格だと思います。

冒頭で言いましたが、仕事とは人と人との関係性でしか生まれません。

たとえ、毎日の仕事がほとんど人と会話しない地味なデータ入力や資料作成だったとしても、その仕事で助かる「人」が必ず存在します。だから仕事として成り立っているわけで、社会から必要とされている役割がそこにあって、お給料がもらえるわけです。

給料を貰っているのは必ず人であり、物やサービスを買ってお金を支払っている人も必ず人なわけです。

でも企業が巨大化していく中で、その感覚が段々と薄れていくのだと思います。

自分の仕事が誰の役に立って社会に貢献できているのか、自分の顧客はだれなのかが見えなくなるんです。

物々交換の時代にはなかった、現代資本主義社会の弊害ですね。

トヨタ自動車の顧客は誰でしょうか?

トヨタの車を買ってくれる人。うん、その通りですよね。

では、トヨタ自動車の経理部にとって顧客は誰でしょうか?
経理部って誰のために働いているのでしょうか?

社員一丸で働いているんだから、トヨタの経理部にとっても顧客はトヨタの自動車を買ってくれる人。うん、その発想も普通にあると思いますよ。

一義的にはトヨタ経理部の従業員の給料の原資は、トヨタの車を買ってくれた人のお金ですからね。

でもトヨタ経理部のより直接的な顧客はもっと別にあると思います。

それは株主や投資家です。

何のために、監査法人とやり合って遅くまで残業してあんな分厚い有価証券報告書を作成しているのでしょうか?

トヨタの車を買ってくれる人の為?
それはちょっと違いますよね。

トヨタ株を持っている株主、トヨタの株を買ってくれる投資家のためですよね。

トヨタ自動車の財産や業績、リスクをきちんと法律に則て正確に開示することで、「トヨタ自動車はこんな業績の会社だから、この決算資料を見て株を売買してくださいね、投資家の皆さん」ということでしょう。

仕事は人と人との関係性でしか生まれないとしたら、トヨタ自動車の経理部の人たちが遅くまでエクセルでカチカチ作業しているその価値は、証券市場や投資家へ提供されるものでしょう。

つまり、トヨタ自動車の経理部にとってトヨタ株主は顧客なわけです。

経理部にとって、価値を提供する直接の相手、顧客は株主・投資家・証券市場なんです。

経理部にとって株主はお客様です。

上場企業の経理部に勤めている人が「株式投資は格好悪い」と言ってしまうということは、恐らくそいつは自分が誰のために仕事をしているのか理解していないのです。

だって、普通自分の顧客のことを格好悪いなんて言わないでしょ。

野村不動産の営業マンが「新築マンション買う奴は格好悪い」と言うのと変わりません。

日本生命の生保レディーが「日本は社会保険が充実してるのに、民間保険入る奴って馬鹿ですよねー」と言うのと変わりません。

確かに現代の大企業は職能が複雑に分割されていて、自分の仕事が誰にどういう価値を提供しているのかわからなくなることはあるかもしれません。

でも、それが全くわからない状態が許されるのはせいぜい社会人3年目くらいまででしょう。30前後になってまでも、自分の顧客が見えないようではビジネスマンとしての将来は危ういと私は思います。

社会人になることは学生の身分とは全く異なります。

小さくとも社会の歯車として誰かに貢献する仕事をして、それが積み重なることで社会は回っています。

仕事はしんどいこともあります。仕事が楽しくて楽しくて仕方ないと思える人はごく僅かだと思います。

そんな仕事を地道に続けてくモチベーションがあるとすれば、「自分の仕事で誰かのお役に立てている、自分の仕事に感謝してくれる人がどこかにいるはず」という思いくらいでしょう。あ、あともちろん生活の為のお金ね(笑)。

そのためには、先ずは自分の顧客が誰なのか理解すべきだと思います。

  お願い

とはいえ、経理って株主や投資家が自分の顧客と理解していても、なかなかそれを実感できません。

だから私の同僚のような発言が出てくるのも無理なからぬことかもしれません。

頑張って決算書を作って監査を通しても、誰から「ありがとう」と言われるわけでもありません。

大株主や投資家がやってきて、「ご苦労様、みなさん経理部、監査法人の努力のおかげで私たちは今日も株を売買できます。ありがとう」と言ってくれるわけではありません。

そこは辛いところ。経理に限らず、現代のサラリーマンは同じような状況かもしれませんね。

世界中の経理部や監査法人を勝手に代表して、投資家の皆さんにお願いがあります。

自分が監査法人出身で、今経理部だからちょっと押し付けがましく聞こえるかもしれませんが、投資家のみなさんには年に1回でいいから思って欲しいです。

「今日も当然のようにコカ・コーラ株を購入できたのは、コカ・コーラ社の経理部員や監査法人が頑張って決算書を作成してくれたからだな、ありがとう」と。

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